『まるで、誰かに見られているような』
八千穂の言葉にぴったり重なる行動を取っていた不審者が、目の前にいる。暁斗は、一時の感情に身をまかせ、銃を投げた事をほんの少しだけ後悔した。
「……朱堂とか言ったか。一体何の為に、そんな事をする?」
警戒しながら、暁斗は低く聞いた。
「いい事を聞いてくれたわね」
朱堂はふ、と微かに(とてもそうは見えないけど)笑う。
「何故なら」
「なぜなら!?」
「アタシはビューティー・ハンターだから」
「………は?」
皆守が間抜けな声を漏らし、油断なく体勢を取っていた暁斗の力も抜ける。高らかに朱堂は顔を仰け反らせ、顎に手をやって高らかに笑い出した。
「さァ、アナタたちも呼びなさいッ。アタシをビューティー・ハンターと!!」
「誰が呼ぶかッ!!」
朱堂の呼び掛けに、暁斗と皆守は見事同時に声を重ねた。何だか、今は皆守の気持ちが手に取るように分かる。お互い、はやく朱堂を捕まえて、暖かいベットで眠りたいのだ。
「暁斗」
「おう」
暁斗はパーカーの後ろから長いロープを取り出した。ぴんとロープを張り、朱堂ににじり寄る。皆守も、後ろで逃げるなと睨みを聞かせていた。
「この野郎。なんでこんな事するか分からないけど、こんな事は今夜限りで止めてもらうからな」
「あら、そのロープでアタシをどうする気かしら」
「決まってるだろ」
一歩足を前に踏み出す。
「捕まえるんだよッ!!」
「アラ、怖い事言うのね。茂美、困っちゃう」
頬に手をやり、しなを作る朱堂に、皆守が苛立たしくアロマプロップを噛んだ。
「いいから、とにかく一緒に来い。何で女生徒を監視するのか、理由をたっぷり聞かせてもらおうじゃないか」
「ふふん、アタシを捕まえられるかしらん」
「もちろん、そのつもり、だッ!!」
暁斗が走った。朱堂目掛けロープをその身体に巻き付けようと突っ込んでいく。しかし皆守よりも体格のよかった朱堂は、見かけに寄らないジャンプを見せつけた。高く垂直に飛び、暁斗の目の前が開ける。ついた勢いは簡単に殺せない。暁斗は転び、コンクリートの地面とキスをした。
「暁斗!」
「ふふん、こう見えても陸上部なのよ、アタシ」
華麗に着地を決めた朱堂。皆守が舌打ちをする。
「くっそぉ……」
暁斗は鼻頭を強く擦ってしまい、ひりひりする痛みを押さえる。涙目で起き上がろうとしたその先に、さっき朱堂に投げ当てた銃を見つけた。瞬時に飛び上がり、グリップを握って前触れなく朱堂に殴り掛かる。
「ホホホッ、甘いわねッ!!」
躱されてしまった。武術にも心得がある暁斗が引くはずはなく、次々と打撃を繰り出すが悉く朱堂に避けられる。白鳥のように華麗にッ! なんて踊りながら言うものだから、暁斗の怒りは収まらず、頭に血が昇った。
ムキになりながら、上段蹴りを放った。だが、冷静になれない攻撃は読まれ、逆に遠心力の作用で、暁斗の身体が後ろに倒れこみかける。出来た隙を見逃さず、朱堂は暁斗の肩を強く押した。
「うわあっ」
「おっと」
今度は尻餅をつきそうになった暁斗を、皆守が支えた。
「ったく、冷静になれ、お前は」
「……おう」
頭の上からする小言に、頷く。
「ったく、あんまり信じられないんだけどな。お前の肯定は」
皆守がうんざりぼやき、斜めになったままの暁斗を掬い上げるように持ち上げて、足を地面にちゃんとつかせる。
ただ、それだけのなんでもない行動。なのに、朱堂は激しく身を捩らせて身悶えた。迫力がありすぎて、暁斗は頭に残っていた、テレビで見た作り物の宇宙人の怖さが、一瞬にして吹き飛んだ。びくついて、思わず後ろから支える皆守の腕に、掴み縋り寄る。
「おいッ!」
皆守が抗議をあげるが、暁斗はそれどころではない。涙を浮かべ、ぎゅうとしがみつく。
「いいわ、いいわッ!」
「何がだよッ!」
皆守が怒鳴っても、朱堂はうらやましそうに二人を強く見つめている。
「イイ男が二人。アタシの目の前でそんな、燃えるような事を……。ああ、うずいちゃうわ」
どこが。皆守が速攻入れようとしたツッコミは、今まで場所をわきまえずに騒ぎ続けた音を不審に思った女子寮からのざわめきに、阻まれる。
怪しい声がする。から始まったそれは、件の不審者ではないかと思われ、一気に不穏な空気が出てくる。
決起した女子たちの取ろうとしている行動を、間近で聞いていた不審者とは関係ないと思いたい暁斗たちが、冷や汗混じりで固まる。
不審者を捕まえるのに、武器を用意するのは分かる。相手も武器を持っているかもしれないし。バットとか、木刀もまだ許容範囲だと思う。だけど、弓とか包丁は、ヤバいんじゃないんだろうか。ちゃっかり銃を持ってきて撃った自分を棚に上げ、暁斗は恐ろしげに女子寮の窓からもれる明りを見上げる。今見つかったら、自分たちまでつるし上げにあってしまう。
「………」
「………」
「……じゃあ、アタシはこの辺で」
横の騒がしさを見事に無視して、朱堂は踵を返す。
「おう、またな−−」
つられて皆守も普通に手を振ろうとして、我に帰った。
「……って、そう言う訳にいくかッ!」
暁斗を引き剥がし、皆守は朱堂を追う。暁斗も急いで皆守の後についた。
陸上部の朱堂はもちろん、皆守の足も早く暁斗は二人を見逃さないようにして走るのが精一杯だった。目を反らしたら、すぐにいなくなってしまいそう。暁斗は懸命に走り続け、角を曲る。目の前が開け、女子寮の玄関に通じる場所に出た。見回りを始めた所から、一周した事になる。
皆守は朱堂のすぐ後ろまで迫り、風に棚引くスカーフを掴むべく、手を伸ばした。
「あああ、アレを見てッ!!」
朱堂が大声を上げて、ある方向へ指を差した。
「雛川先生が着替えてるわッ!!」
「誰が、騙されるかッ」
暁斗が舌を出し、得意げに笑う。
「ここと、先生の住居は、壁を挟んだ向こう側にあるんだ。ここから見える訳がないんだよッ!!」
「そうだな、つくんだったらもう少しマシな嘘を−−つけッ!」
皆守の手が朱堂に降り掛かる。後もう少しでスカーフを掴めたが、惜しくも朱堂が素早く躱し指先に掠る程度で終わってしまう。
嘘を見破られても、朱堂は堂々としていた。その目には逃げ切る自信が光っている。
「……ふふふ。じゃあ、これはどうかしら」
「何?」
「シゲミ、ダァアアアアッシュ!!」
一気に加速して、寮から走り去る朱堂。あまりの速さに、暁斗は呆然とした。人間の走る速さか、アレは。
「くそッ。逃げ足の速い奴だぜ」
悪態をつき皆守も、女子寮の敷地を出ていく。暁斗も、皆守と共に追い掛けようとしたが、武器になるようなものを持ってこい、と言う皆守の指示を受けて、男子寮の前で別れた。
頑張れ、皆守。暁斗は安心していた。ああいうのと延々追いかけっこはゴメンだ。心中で謝罪しながら、それでも早く皆守の助太刀の為に部屋に戻ると、直ぐに準備を開始した。
相手は人間だから銃を片付け、代わりに木刀や、どうしても欲しくて、クエストで横領した革の鞭に改造を加えたファラオの鞭を、腰のホルダーに巻き付けた。これだったら遠くまで届くし、縄みたいに対象を縛る事もできるだろう。女子らが用意していたものと比べ、まだかわいらしい装備。最後に頭に暗視ゴーグルを装着して、暁斗は窓にロープを吊り下げると一気に下まで急降下した。
女子寮の方が騒がしい。不審者を見つけようと躍起になって探している。はやく朱堂を見つけだして、差し出さないとどんどん騒ぎがエスカレートしてしまう。
暁斗は男子寮から忍び出た。皆守がどこまで追い掛けているか分からない。取り合えずマミーズの方面へ行った事は確認していたので、そちらに走りかけ、背中のHANTがメールの着信を知らせる。
急いでHANTを起動させて、送られてきた皆守からのメールを読んだ。
「………げ」
暁斗は顔を顰める。追い掛けていた朱堂が、よりにもよって墓地の遺跡へと逃げ込んでしまった知らせだった。事もあろうか、あそこに。暁斗は頭を押さえ、うなだれる。
あんな所に二人きりになるのは嫌だから、早く来るように催促する皆守の気持ちがよく分かった。確かにそれは嫌だろう。
待ってろよ、皆守。友人の願いを叶えるべく、暁斗は九十度向きを変えた。早く行って、皆守を安心させてやろう。
「あ・き・とク〜ン?」
やけに間延びしたおどろしい声。含まれているのは、怒り。暁斗は身体を固まらせ、ぎこちない動きで後ろを向いた。
「や、八千穂……!」
八千穂が、制服姿のラケットを持った勇ましい姿で、立っていた。後ろに見える怒りのオーラが恐ろしい。
「もしかしなくても、今から不審者を追い掛けに行くんでしょ」
「い、いや、違う。違うよ」
慌てて暁斗は、木刀を後ろ手に隠す。朱堂と八千穂を引き合わせるにはいかない。どんな恐ろしい事が待っているか。必死に言い訳を考えた。
「……そうだ、異星人。異星人が来てそれを皆守が追い掛けていっちゃんたんだよ。全く困った奴だよなぁ。あーんなにバカにしていたくせに」
嘘ではない。嘘ではないと自分に言い聞かせながら、しどろもどろに続けた。
「で、オレはそれを追い掛けなくちゃいけないの。八千穂は、不審者を探してるんだろ? ほら、早く行かないと。オレは皆守と一緒に宇宙人を捕まえに行くからさ」
「……嘘ついたらダメだよ、暁斗クン」
「……へ?」
「アタシ見てたもん。暁斗クンたちが、異星人のフリをした不審者ともめてるの。アレ、うちの男子生徒だったじゃない」
八千穂の目が、剣呑に光った。ラケットを暁斗の鼻先に突き付ける。
「……許さないんだから。異星人の夢を壊したばかりじゃなくて、あんな事をするなんて。あたしが女子を代表して直々に成敗をッ!!!」
「………」
怖いよ、八千穂。暁斗はそう思っても、実際に口には出せない。ラケットを構え、殺気をまき散らす彼女に言ってしまったら、化人までも倒してしまう超速球のスマッシュが飛んでくる。
「………あたしも付いて行く。−−いいよねッ、暁斗クン」
本当は危ないから連れて行きたくなかった暁斗は、ただ頷くしかなかった。
誰だって、自分の身は可愛い。
気配を殺し、墓地の外から様子を窺っていると、後ろから音もなく気配が近寄ってくる。それはこちらの姿を見つけて、にやりと口にくわえていた煙草の火を揺らした。
「どーだい、アイツら」
「たった今、皆守甲太郎と八千穂明日香を連れて、中へと侵入して行った。……何でか、怯えていたみたいだったけど、あの子。……まァ、《墓守》との戦闘になるかもな、あれは」
淡々と状況を説明して、覗いていた双眼鏡を放り投げた。
「何か手伝えるかとも思ったが、あそこに入られたんじゃあ、もう出来る事はない。鴉室、後の見張りはお前に任せる」
双眼鏡を受け取った鴉室は、むっとする。
「おいおい。こっちは必死で情報を集めてたんだぜ? 自由に学校を動け回れるお前と違ってな」
「女子寮の覗きしていたくせに」
「…………」
ごほん、とわざとらしくせき払いをして、鴉室は黙って隣に来てしゃがみ込む。溜め息を付いて踵を返し歩き始めた。
「まぁいい。ここはまかせた。《生徒会》の人間が来たら、榊にしらせろ。木の上に待機させてある」
「あんたはどうするんだ」
「……大変不本意だが、あの助平ジジイがやらかしそうだからな。そっちも見張らないと駄目なんだよ。……ったく胃が痛いぜ」
「そりゃ、御愁傷様で。引き受けてやるから、安心して行ってこい」
「頼んだ」
息を吸い、内面を落ち付かせる。瞼を閉じすぐに開けて、穏やかな人好きのする笑みを浮かべる。
「では、僕はこの辺で失礼しますよ」
「弥幸」
校舎に引き返えそうとすると、すぐに鴉室に呼び止められた。
「お前が妙に気にしている、あの、葉佩暁斗ってガキにさっきあったんだが。どこか、お前に似ているような気がしたな」
雰囲気とか、言う事が。鴉室の台詞に芝居ではない、本心からの笑みを浮かべる。
「それは、育て方が良かったんでしょうよ」
言い残し、吹いた風に姿を消す。
「……そう言う事にしておいてやるよ」
残された鴉室は、一人呟き上にいる気配に軽く挨拶をし、双眼鏡で見張りを始めた。
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