シグレは一人起きていた。
 ソファに座り、机に置いた一振りの刀をじっと見つめる。ずっと使い続けてきた刀は、いつもシグレと共にあった。どんな時も。

『いつかあいつの周りで重大な事が起こり、耐え難い衝撃に襲われた時、そのままティーには崩れないでいてほしい。どんなものからも立ち向かえるように』

 脳裏にもういないフェリドの声が過る。彼は今のティーを見たら、どんな顔をするのだろうか、とシグレは思った。どんなに考えても答えは出ないのは明白だったが。もうフェリドがティーの前に姿を見せる事はない。
 死んでしまったらそんな他愛無い事すら出来ないと、シグレは痛い程分かっている。それでもシグレはフェリドに問いかけたかった。本当に強くならなければいけなかったのか。もう少し時期があったんじゃないか。
 ティーはとても苦しんでいる。
 『あの日』から長い時間を掛けて、ようやく心から笑えるようになっていたのに。二年前に起こったロードレイクの暴動から、またティーは徐々にファレナの昏い闇へ引きずられていくように見える。
 本人が懸命に守ってきた幸せが、壊れていく。
 再開した時、カイルが死んでいたらどうしよう、と取り乱していたティーは、これまで張り詰めていた気持ちが切れないよう、保つだけで精一杯で、見るに耐えなかった。本当は泣きたいくせに、周りの存在と立場と、状況がそれを許してくれない。

 ----別にいいだろ。逃げたって。

 シグレは、ティーの心を慮らない周囲への怒りに歯噛みする。逃げる事が後ろ向きな考えだとしても、それでティーが幸せならそっとしておけばいい。
 なのに、あの女王騎士はそれを否定する。傷つけてでも、ティーを前に進ませようと裡へと踏み込んでいく。ティーの思いを無視して。
 太陽宮に行った時、カイルを殴っておけば良かった。そうしたら今、少しでも心がすっとしていただろう。こんなに苛立たなくて済んだかもしれない。
 くそ、と低く呟き指を組んだ両手に額を押し当てる。
 自分はどうするべきなのか。
 出来る事は、あるか。
 これ以上、心無い存在にティーを追い詰めさせない為に。



 ------何、言ってるの?
 本当に、一番追い詰めているのは。




「……分かってるさ。それこそちゃんと分かってる」

 自嘲ぎみに笑い、シグレは立ち上がった。刀を掴み、じっと見つめると腰に差す。

「だから俺は何があろうと、守ってみせるさ。それが、間違いだとしてもな」

 ティーを守る為なら。
 シグレは窓を開け、ダハーカのある方向を見つめる。
 船尾の方から光が見えた。
 まるで泣いているみたいだ。
 そうシグレは思い、そっと光から目を、反らした。


06/10/21