真白き太陽宮の壁を、沈みかけた太陽の投げかける西日が朱に染める。
 下はにわかに騒がしい。晩餐会に招かれた貴族たちがお供の人間を引き連れて、太陽宮に入っていく。後もう少しすれば、大広間に沢山の人間がひしめき合い、さぞ賑やかな場になるのだろうと、テラスから下を覗き込んだティーは思った。

「ティー様」

 テラスの柵から僅かに離れた場所で、カイルがランチョンマットを広げている。大きく広げられたそれは、ティーたち三人が座っても、容易に余る。

「そっち持ってくださいませんか? うまく広げられなくて」
「分かった」

 ティーはカイルの向側の端を掴んで、困る。余りに大きすぎて、ティーではうまく広げられない。
 どうしようか。方法を考え倦ねると、横からすっとリオンの手が伸びる。ティーの片方の手からそっとランチョンマットの端を取ると、ゆっくり離れていく。

「……もしかして手伝ってくれるの?」

 リオンは頷く。
「ありがとう」とティーは微笑みながら、掛け声をかけてマットを広げた。
 テラスの一角に出来たスペース。靴を脱いでそこに上がったカイルは、目の上に手でひさしを作って、そこから見える景色に「いいですねー」と満足して頷く。

「夕焼けが見事ですから。良い景色を見ながらご飯が食べれますね」
「まあねえ。いつもは部屋で食べてばっかりだし。たまにはこんなのも良いかもね」
「でしょー」

 口元を大きく上げて明るく笑い、カイルはさっそく持ってきたバスケットを開けた。厨房が忙しい最中、見事夕食を手に入れてきたカイルは、得意げに戦利品をどんどんマットの上に置いていく。
 いきなり三人になってしまったから、量は足りるだろうか。ティーは不安に思っていたが、それは杞憂に終わった。
 出てくる料理の多い事。三人分は余裕である量に、ティーは驚く。

「……よくこんなに持って来れたね」
「結構厨房のみんなもフェリド様と同じ考えの方が多いようで」

 それは、晩餐会など窮屈でしかたないと言う事なんだろうか、とティーは思う。きょとんとカイルを見ると、悪戯っぽく笑われた。

「ティー様とお外で夕食するんです、って言ったら張り切ってくださって、下には出さない料理まで作ってくれたんですよ」
「へえ」

 何だかくすぐったくなって、ティーは照れ隠しに頭を掻く振りをして思わず緩んでしまった顔を隠す。自分達の為に作られた料理に好意が見えて、全部食べないとな、と意気込んだ。
 三人で準備を進める。全部の料理と食器を用意し終えた時、太陽は遠くの山に殆ど沈んでいた。名残惜し気に夕暮れの光を投げかけ、朱色の空がだんだん色を重ね夜の色を強くしていく。
 料理を並べ終えて、カイルが仕上げに持ってきたランプに明りを灯すと、今まで景色を眺めるか、本を読む為にしか使われなかったテラスが、小さな晩餐会の場所に早変わりする。
 まだ明るい夕暮れ時。ランプの明りは少し眩しかったが、どこか気分を高揚させ、胸が踊る。
 カイルがわざとらしくこほん、と咳をしながら膝を立てて言った。

「えーでは、ささやかではありますがー」
「いただきます」

 言葉を遮りティーは手を合わせた。横に座るリオンも、ティーに合わせて同じ動きをする。
 取り残されたカイルは、「あー! 何しちゃってるんですか!」と大袈裟に身振りする。

「だって、そんな事してたら何時まで経ってもご馳走が食べられなくなっちゃうよ。ね、リオン」

 リオンは頷く。

「ほら。リオンだってお腹が空いているんだし。カイルも大人しく座って」
「……はーい」

 拗ねたように口を尖らせカイルは座り直る。それでもお腹が空いていたのか、すぐに機嫌を直して沢山の料理に手を伸ばした。
 用意された料理は元より美味しいが、今日は空の下で食べているせいか、いつもよりも余計に美味しく感じる。
 どれも美味しいですよねとカイルがサンドイッチを頬張りながら言う。ティーが行儀の悪さを窘め、立場が逆になっている二人を見て、リオンがこそりと笑う。
 小さな、でも心がじんわり暖かくなる笑顔に、ティーとカイルは視線を合わせて笑った。
 フェリドに頼まれてから今までずっと、リオンはまだ一言も言葉を発していない。喋れない訳ではないのだが、気後れしているのか窺うようにティーたちと一緒にいる。
 ティーやカイルもリオンが打ち解けられるように、なるべく柔らかい物腰----いつもと同じだとティーはカイルに大して喧嘩腰になる事も多いので、言動を柔らかく優しくしながら話し掛けたりしたが、効果はまだ見えていない。
 そう思っていたが、リオンの笑顔に少しは仲良くなれたかな、とティーははにかみ、近くにあった魚料理を皿に取った。

「リオン。これ僕が好きなやつなんだ。良かったら食べてみてよ」
「………」

 リオンは差し出された皿をおっかなびっくり覗き込んだが、やがて小さく頷くと、皿を受け取り口に運ぶ。

「………」
「おいしい?」

 リオンが頷く。
「よかった」と笑いティーはこれも好きなんだ。これも、と口々に料理を指で指し示した。
 律儀にそれを目で追うリオンに、カイルは苦笑する。

「ティー様。そんなに慌てなくたっていいですよ。料理は沢山あるんですから」

 カイルの指摘にはっと顔を上げて固まったティーは、見る見るうちに頬を赤くする。つい子供っぽい部分を出してしまい、恥ずかしさに顔から火が出そうだ。

「わ、分かってるよ!」

 まさか、いつも騒がしいカイルに、同じような事を言われるなんて。
 ティーは早口に言い、赤い顔のまま口にサンドイッチを詰め込む。
 いつもは大人びたティーの子供の一面に、カイルとリオンは顔を見合わせて、笑った。

 


06/05/12