不機嫌になったティーを一頻り宥めて、カイルは夕食を確保に出ていった。
ティーは溜め息をついて席を立ち、窓際に手と額をつけた。ひんやりとした硝子が、苛立っていた心を冷ましてくれる。
眼を閉じて、さっきの自分の言動を思い出した。ただカイルが女性と仲良くしている。それだけなのに妙に苛立つ自分に軽く自己嫌悪を覚えた。今まではそんな事は一度もなかったのに。
「----ティー、居るか?」
ノックの音と一緒にフェリドの声がして、ティーは振り向いた。「どうぞ」と答えると扉が開き、フェリドが入ってくる。
そして、後ろについてくる小さな人影に驚き目を見張る。
フェリドにくっつくように入ったリオンが、戸惑いながら視線をあちこちに彷徨わせていた。落ち着きなく、居心地悪そうにフェリドの黒い襷を握りしめている。
リオンの頭を撫でながら、フェリドは安心させるように笑いかけると、その笑顔をそのままティーに向けた。
「邪魔をしたか?」
「いえ、そんな事はありませんけど……。父上、どうかなさったのですか?」
「実はお前とカイルに頼みがあってな」
辺りを見回し、室内に金髪の女王騎士見習いが居らず、「カイルは今出ているのか?」と訊ねる。
ティーは苦笑しながら、これからやろうとしている事を包み隠さず話す。フェリドに隠し事をしても、すぐにバレてしまう。だったらさっさと言ってしまったほうが気が楽だったし、何よりフェリドだったら軽く笑い飛ばして許してくれそうだから。
案の定フェリドは大声を上げて愉快そうに笑った。さっきリオンにしたように、強くティーの頭を撫でる。
「何だ、面白そうな事を考えたものだな! カイルの奴め」
「やっても、いいですよね?」
「勿論だとも。寧ろ俺もそっちに入れてもらいたいものだ。晩餐会など窮屈でしかたない」
大袈裟に肩を竦めるフェリドに、ティーは困ったように眉を潜める。
「父上……、そんな事を言ったら母上が困りますよ」
「分かっている。アルを困らせるのは俺だって嫌だからな」
「……それで、どうかされたんですか? 今の時間は忙しいと思っていたのですが」
ティーは不思議そうにリオンを見る。視線に怯えすぐにフェリドの後ろに隠れたリオンに、内心困りながらそのまま目線を上げた。
フェリドは「ああ」と頷き、隠れていたリオンを自分の前に押しやる。
リオンと向かい合って、ティーはさっきのフェリドのように安心させるような笑みを浮かべるが、戸惑いの色を濃くさせるだけだった。
何故そんなに困ったような顔をするんだろう。ティーは首を傾げた。僕はリオンに困らせるような事をしたんだろうか。
不安になりティーがフェリドを見る。笑んだままのフェリドはそのままリオンをティーの方へ軽く押す。たたらを踏みながら、リオンはフェリドを振り向いた。
「ティーの言う通り、今日はまだまだ忙しい。何しろ晩餐会もあるから、その分夜までせわしなくなるだろう。だけどリオンをずっと独りぼっちにさせておく訳にもいくまい」
フェリドは自分とティーとの間で立ち止まったリオンの肩をそっと押し、小さな二人の距離が縮まらせる。
「お前さえ良ければ、今日一日一緒に遊んでやってはくれんか?」
「え……?」
きょとんとティーは思い掛けないフェリドの頼みごとに眼を丸くした。それを否定と受け取ったのか、「いや他の用事が立て込んでいたらいいんだぞ?」とフェリドは言う。
ティーは眼を細め、首を横に振ると「いいえ」と笑った。
「僕で良かったら喜んで」
フェリドが自分を頼って来てくれた。大好きで尊敬している父親に必要とされて、ティーに断れる筈がない。
それにリオンが自分の部屋の前に立っていた理由が分かるかもしれない。そういう意味でも、フェリドの頼みは願ってもない事だった。
「そうか。----すまんな」
承諾を得て、ほっとするフェリドにティーは頷き、俯いて床に視線を彷徨わせるリオンの顔を覗き込むように、顔を近付ける。
「よろしく、リオン」
「…………」
優しくかけた声の返答は、重苦しい沈黙だった。
リオンは伏目がちにティーを見ようとするが、視線が合う直前にまた頭が下がってしまう。
なかなか手強そうだ。
初めてのまともな会話が失敗に終わり、フェリドは微かに苦笑して頭を掻く。
「まあ、じっくりやっていけばいい。よろしくやってくれ」
「はい」
「----ただ今帰りましたー、ってあれ?」
ノックもなしに部屋に入って来たカイルが、一斉に向けられた三対の視線に、後ろにたじろいだ。中でもフェリドの姿を恐れているように見える。
「どどど、どーしてフェリド様がここに?」
「俺が息子の部屋に居てはおかしいか?」
「いえいえ、滅相もない」
ぶんぶんと強く首を横に振り、カイルは即答する。怯えるカイルに、フェリドは面白そうに笑った。
「ティーから聞いたぞ、また何か企んでいるらしいな」
「……ティー様」
少し恨めしそうにカイルがティーを睨む。
「ばらしちゃ駄目じゃないですかー! こういうのは内緒でやるからスリルがあって面白いんですよ!」
「僕はそんなの求めてない。第一、僕は父上を騙すなんて僕には出来ないよ」
「それは、オレだってそうですけどー………」
でもフェリド様止めませんよね? 止められるのかと、カイルは不安そうに呟く。提案を出した時の楽しそうな表情は萎んで、窺うようにフェリドを見ている。
「俺が可愛い息子の楽しみを奪う訳ないだろう」
フェリドが即答した。
「思う存分やって来い。もし見付かっても俺から取りなしといてやる」
「わー、フェリド様太っ腹ー!」
「その代わり、ちゃんとティー達の面倒は見てくれよ」
「分かってますって。そんなの当たり前ですよ!」
大きく万歳をして、カイルは子供のように喜んだ。あまりのはしゃぎように、ティーは呆れたように笑う。
ふとリオンを見ると、喜ぶカイルを見て自分と同じように笑っていた。わずかに頬を緩ませるだけのものだったが、ちゃんと笑うリオンにティーはほっとする。
何となく、リオンと僕は似ているな、とその時ティーは思った。
後になってティーはその理由を知る。
それはいつかの自分にとって、とても馴染み深いものだった。
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06/05/10
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