唇を引き結び、真剣な表情のカイルは、刃のない剣を顎に沿うように構えた。師を持った事のない、自己流の剣術は荒削りな部分も多いが、今までの血路を開いてきた頼れるものでもある。切っ先を揺らめかせ、兵士と向かい合って立つ。
向こうも太陽宮を守る人間だけあって、油断なく剣を構えている。例え、手合わせであっても手加減は禁物だ。いざと言う時、十分な力が発揮出来なくなる。
先にカイルが動いた。相手の懐に飛び込み、左肩へ一閃を放つ。兵士は剣で受け止めた。後ろに下がりつつ、カイルと距離を取って動きを把握しようと視線を彷徨わせた。隙が見えた脇腹へと、反撃を試みる。
だが、剣撃は敢え無く受け止められてしまう。流れるように剣を掬われ、そのままカイルは兵士から剣を奪った。弧を描いて飛んだ剣は、遠く離れて地面に突き刺さる。
ひたりと鼻先に剣が突き付けられ、兵士は「まいった」と両手を上げて降参した。
勝負はついた。
カイルは「ありがとうございました」と剣を収めて、笑った。突き刺さった剣を抜いて、兵士の元へ返してやる。
「どーします? もう一回やりますか?」
「いや……。もう十分だ。それに」
受け取った剣を鞘に収め、兵士は辺りを見回す。
「休憩が必要だろう」
先程からカイルと手合わせをし、悉く敗れた兵士達が疲れ果てていた。地面に倒れこみ呻く者、壁に凭れこんで肩で息をする者。誰もが動く気配はなく、その光景は異様に見えてしまう。
「全く、お前は張り切るのはいいがやりすぎだ。この後警護に響いたらどうしてくれる」
叱りながらも兵士は仕方がない、と言いたげに呆れた笑みをカイルに向ける。
「大丈夫ですって。皆さん体力あるんですから。もう少ししたら元気になりますよ。今までだってそうですし」
カイルが剣の修練で兵士相手に手合わせをすると、いつも今みたいな有り様になる。ティーの護衛をこなしても元気のあり余っているカイルは、強くなろうと全力で剣をあわせる。付き合わされる兵士達はたまったものではないが、さすが太陽宮を守る兵士達と言うべきか、時間が経てば直ぐに動ける程に回復していた。きっと今回もそうだろう。カイルは楽観して頷く。
兵士が呆れを深くして息をついた。
「そうは言うがな。あまり飛ばしても怪我の元だろう。お前は少し落ち着きを持ったほうが良いんじゃないか?」
「だって、オレ強くなりたいですもん」
カイルは持っていた剣を目の前で構え、じっと鞘に収まった刃を見つめる。
「ティー様を護衛するって言う大切な任務を頂いているんですから。何時如何なる時でもティー様を狙う不逞の輩を切り伏せないと」
「それは頼もしいな!」
修練場に入って来た男に兵士が畏縮して頭を下げ、カイルは「あ、フェリド様」と気安く手を振る。周りの人間には不敬だと誹られるだろうが、フェリドはそんな事は気にせずに「よう!」と手を振りかえした。
「お前も固くなるな」
兵士にそう言い、そして腰に手を当て辺りを見回す。死屍累々の有り様に、「元気があり余っているな」と破顔する。
「見慣れたものとは言え、こう毎回だと爽快すら覚えるが。カイル、お前もなかなか頑張っているじゃないか」
「そりゃあもう」
カイルは力強くガッツポーズを取る。
「オレはフェリド様からティー様の護衛を任されたんです。だから、それをする為に強くなるのは当たり前でしょう? どんな奴が来ても切り伏せる勢いでやってやりますよ」
「これは、ますます頼もしいな!」
大声で笑い、「なあ!」とフェリドはばんばん兵士の背中を加減なく叩いた。あまりの強さに、兵士は前によろめき息が詰まってしまう。巻き添えを喰らってしまった兵士を、カイルは不運に思う。
だが、フェリドは気にしない。一際強く叩いてようやく兵士を解放してやると、腕を組んで深く頷いた。
「最初はティーの護衛が勤まるか、少々不安だったんだが……。どうやら杞憂だったようだな」
女王騎士長から父親の顔になったフェリド。心から安心したような眼差しをカイルに向けた。
「お前に任せて正解だった。良くやっている。これからも引き続き俺の息子を頼んだぞ」
「はい、もちろん!」
言われるまでもない。カイルにとってティーは大切な弟のような存在だ。素直じゃなくても、ちゃんと確かな優しさを持っている。守るに十分値するから、カイルはもっと強くなる為に剣を握る。
「絶対お守りしますから、フェリド様はどーんと構えて構いませんからね! それにティー様は本当に良い子ですから守り甲斐がありますし!」
そこまで言って、ふとカイルは思い付いた言葉を冗談めかして言った。
「ほんとうにもう、お嫁さんに欲しいぐらいですよ!」
「はっはっは!」
笑いながらもフェリドの周りが一気に冷えた。怪訝にカイルが眉を潜めるより早く、腰に差していた剣の柄を握る。
「おおそうだ。今から手合わせをせんか? 急に身体を動かしたくなってな!」
「ええっ!?」
兵士が哀れな目でカイルを見て、離れていった。女王騎士であると同時に、妻や子供を目に入れても痛くない程愛してやまないフェリドにとって、カイルの『お嫁さんに欲しいぐらい』の台詞は踏んではいけない地雷だ。さっさと避難しないと巻き込まれてしまう。何人もの兵士を疲れ果てさせた女王騎士見習いと、後ろ楯もなく実力だけでここまでやってきた女王騎士長。考えなくても、近くに居ては危険だと知れた。
「さぁ、カイル! 遠慮なく打ち込んで来い!」
「えっ、ええー!?」
突然の申し出に、カイルは慌てる。自分が言った言葉が何を引き起こしたか、分かっていない。剣を抜こうか迷ってしまう。柄を握るかどうかの境目で、戸惑うようにフェリドを凝視していた。
「何だ、打ち込んでこないのか」
フェリドが足を踏み出し、剣を抜く。
「では、こっちからいかせてもらうぞ!」
「えええええ------!?」
抜きはなった一撃はとても重たく、さっきまでの勢いは消えたカイルは受け止めるだけで精一杯だった。状況が理解出来ないまま、カイルは防戦を強いられる。
いきなり始まった喧嘩のような手合わせを、兵士達はまるで親子の喧嘩のように見つめ、温かい眼差しを送っていた。
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06/05/02
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