バターと砂糖がたっぷりかかったトーストとサラダ。それに紅茶のポットが乗ったトレイを手にして、カイルはノックもなしにティーの部屋に入る。
朝はとうに過ぎている。だが窓にカーテンが締められた室内は薄暗い。机には物が錯乱していて、カイルが部屋を辞してからも、夜遅くまで起きていた事が窺える。
カイルはトレイを机に置く。汚さないよう簡単に整頓し、窓のカーテンを開けた。
一気に明るくなる部屋。空高く昇った太陽が、眩しい光を送り込む。ひさしを作り目を細めてカイルは外を見る。今日も良い天気になりそうだ。外に遊びに行くにももってこいだろう。
「……んー、……んん」
寝台で寝ている彼にも、もう少し外で遊ぶ事を覚えて欲しいけど。まだまだ本を読みふけるほうがいいらしい。
寝台のほぼ中央に出来た小さな山。しわくちゃのシーツで出来ていて、ふもとからは手が伸びて出ている。その先には、寝る前に読んでいたらしい本が数冊。そのうちの一冊は開きっぱなしで、頁に皺が寄っていた。
「あーあーあー。ティー様ったら」
カイルは出来た皺を伸ばし、他の本と纏めて机の上へ持っていく。
よし、と袖を捲り、大袈裟に意気込んで寝台へ再び向かうと、シーツを掴んだ。
一気に上へ持ち上げる。シーツは空中で翻り、そのまま引き寄せ、カイルはぐるぐるとかき混ぜるようにしてぐちゃぐちゃに纏めた。
「ティー様!」
山があった場所に丸まっている小さなからだがカイルに背を向けていた。背中まで伸ばしている銀色の髪が、波打ってひかりを反射している。むずがる声。突然自分を覆っていたシーツを取られ、眩しさに眉間の皺が深く刻まれた。
「起きてくださいよ。もうすぐ昼ですよー!」
「…………ん、あ」
大きいカイルの声に反応して、ティーの手がゆらりと宙を掻いた。そのまま彷徨い、寝台の上を探る。
持ち主から離れ、本来の意味を失っていた枕を見つけると、それを掴み顔に埋めて眩しさから逃げた。
再び聞こえてくる寝息。
カイルは溜め息をつく。ティーと言いサイアリーズと言い、王族の人間は朝が苦手なのだろうか。昔は夜遅くまで遊んでいた自分が言えた義理ではないが、それよりも酷い。
腰に手を当て、カイルはティーの背中を見つめて思案する。寝台に膝をつき、ティーの真上に身を乗り出すと、彼の横髪を耳へかけ、大きく息を吸った。
口をティーの露になった耳元に近付けて、さっきとは比にならない大きさで言う。
「起きてくださいティー様!!!!!」
「確かに起こしてとは言ったけどさ」
運ばれたトーストを齧りながら、ティーシーツを丁寧に畳むカイルを睨む。眠気の抜け切らない目のせいか、いつもより迫力がない。
「耳元でそんなに大きく叫ばなくったっていいじゃない」
「だってティー様そこまでしないと起きなさそうですし。前、揺らした事もあるけどそれぐらいじゃ全然起きませんもん。だから確実な方法を取らせていただきました」
「………」
やり込められ、ティーは黙り、目の前の食事に集中する。朝食兼昼食を取る後ろ姿に、カイルは小さく笑った。食べ終わる頃には、眠気も取れ、素直じゃない言葉が飛ぶだろう。
ティーの場合、起こすのは骨が折れるが、起こしてしまえばすぐいつもの調子を取り戻してくれる。それがあるからまだやりやすいが、サイアリーズの方はそうもいかないらしい。顔に怪我をした女官が、サイアリーズを誰が起こすかと悶着をおこす所を見た事があるカイルは、まだティーは大人しいほうで良かったと胸を撫で下ろしていた。
寝台を軽く整え、カイルはティーの向いに座る。肘をつき食事の様子を眺めながら聞いた。
「それで、今日は何をするおつもりですか?」
ティーはサラダについていたトマトにかぶりつつ考える。
「うーん………。今太陽宮で自分が読めそうな本はあらかた見ちゃったしなあ……。街に行けば面白そうなものがあると思うんだけど。でもなあ……」
呟く彼の、フォークを持たない手は自然と動き、横髪を弄ぶ。それを見てカイルは目を丸くし、直ぐに細くなって口元がゆるく上がった。
カイルがティーの護衛について一ヶ月以上経つ。過ごした時間。見ている分だけ、彼の些細な動作が何に繋がっているか分かってきていた。
今ティーがしているのは、欲しいものがあって、でも我慢している時の癖。
「街に行ってみます? 交易所なら何か面白い本が入っているかも知れませんよ」
カイルの提案に、ティーは驚いた。見習いながらも忙しい彼がそう言ってくれるとは思わなかったようだった。
「カイル今色々忙しいんじゃないの。修練とか、そんなのが一杯入ってるってぼやいてたじゃない」
「まー、そうなんですけどね。でも今なら空いてますしおつき合いいたしますよ」
滅多に我が侭を言わないティーの、願いを叶えてやれる機会だ。多少疲れていても叶えてやりたいのが女王騎士心だと、カイルは頷く。
そしてもう一度、ティーに訊ねた。
「どうします? 行きます?」
「----じゃあ、行きたい」
「了解しました」
ティーは表情を明るくして、食べる速さを上げていく。遅くなったらカイルの時間の余裕が少なくなる。その分街に入れる時間が短くなるので、焦っていた。
トーストを一気に食べ、お茶を喉に流し込み、そしてむせる。胸を叩き、苦し気に身体を曲げたティーの背を、カイルは後ろに回りこんで擦ってやった。
「大丈夫ですよ。まだまだ時間はたっぷりありますから。ゆっくり食べましょ?」
こくこく頷き、苦しいのかまたお茶を飲み干すティー。カイルは微笑み、彼が落ち着くまでずっと小さな背中を優しく擦ってやった。
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06/05/01
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