どうしてこうなったんだか、誰か教えてくれ。
葉佩暁斗。
《ロゼッタ協会》とか言う聞いただけでは胡散臭い組織の《宝探し屋》。
馬鹿みたいに明るくて、馬鹿みたいに涙もろい。持ち前のお人好しを発揮しては、厄介事に自ら飛び込んでいく。感情がはっきりしていて、俺はあいつが長い間同じ表情を保っていたところを見た事がない。
くるくる変わる顔。感情と表情が直結していて、周囲に考えている事がただもれになっている。
そして八千穂と同じくかなり強引である事も付け加えよう。厄介にもしつこい。朝ドアを壊す勢いで叩き、ベットにダイビングしてきて、俺が起きるまで絶対に離そうとしないのだ。
お陰で、こっちの生活サイクルは滅茶苦茶だ。この二ヶ月近くでかなり乱されている。全く慢性的に足りなくなってきた睡眠時間を返せ。
…………。
……。
----何で俺は、こんな朝早くから起きて、こいつと登校なんてしてるんだろう……。
俺は三歩前を鼻歌まじりで歩く暁斗を睨んだ。ぴょこぴょこと呑気に揺れる寝癖。こいつまた髪を半乾きにしたまま寝たな。しかも直す努力の後すら見えない。こんな奴に叩き起こされたと考えたら、情けなくなってきた。俺は重く溜め息をつく。
「……ありえない。何で俺はこんな時間にお前と並んで登校しているんだ」
昨日も例のごとく、暁斗の夜遊びに付き合わされ、ようやくベットに入ったのは、日付けを跨いで随分経った頃だ。律儀に付き合った自分を褒めちぎってやりたい。御褒美は----長い睡眠時間でいいだろう。本音、今の俺にとって、学校の授業はどうでもいい。とにかく眠りたい。以前口に出した人は一日にどれだけ眠れるかを、今日試してやろうじゃないか。
心に誓って瞼を閉じたのに。
この馬鹿のせいで台無しだ。
「普通だったら余裕で寝てる時間だ。それなのに……」
「いいことじゃん」
暁斗はこっちを身体ごと向け、そのまま歩く。運動神経が無駄にいいせいで、危なげない。
「日本の諺にだってあるじゃない。『早起きは三分の得』だって」
「それを言うなら『三文の得』だ」
すかさずとぼけた事を言う暁斗を突っ込んでから、また律儀にそれをした自分に呆れる。以前の自分にはあり得ない。
「全くここ最近、俺の生活は乱れすぎなんだ。やたらと出欠に五月蝿い担任とか。妙な格好をしてうきうき墓地に出かけていく奴だとか」
しかも揃いも揃って、俺に構う。
俺なんかを。
重い溜め息が出るのは仕方ないだろう? 俺は自分に言い聞かせて、アロマプロップの先端に火をつけた。
「……全く、俺の必要睡眠時間をそこらの奴らと一緒にしてほしくないぜ……」
あー眠い。俺はそうぼやきながら欠伸をした。
暁斗は俺の顔をじっと見て、しばらく考え込んでいた。歩く方向に身体を戻し、また肩ごしに俺を見る。
「でもきちんと出てきてるじゃない。いいことだよ」
……なんだよ。その締まりのない笑みは。ムカつくな。
「おっはよー!」
そして後ろから走って来る猛烈な台風に、ますます憂鬱になる。振り返るまでもない。----八千穂だ。
八千穂は猪のように突進して俺の肩を叩くと、前を歩いていた暁斗と挨拶を交す。たちまち会話に花が咲き「今日の体育楽しみだね」なんて笑いあっている。
……体育があるのか。サボろう。
ぼんやり考えていると、突然けたたましく音楽が流れた。同時に、ズボンのポケットに入れていた俺の携帯が震え、自身の存在を誇張する。
「あれ、皆守クンの携帯?」
暁斗たちは立ち止まり、一斉に俺を見る。
「そうみたいだな」
俺は携帯を取り出す。サブディスプレイにメールの受信が来た事を知らせてきている。
件名は。
「…………」
「皆守クン?」
「甲?」
俺は「なんでもない」と携帯を操作して音を止める。そしてメールを見ないまま、それをポケットに仕舞った。受信したメールを見ない俺に、八千穂が首を捻る。
「メール、来てたんでしょ? 見ないの?」
「…………」
沈黙したまま答えない俺に、八千穂は更に口を開きかけるが、また違う音楽が流れて邪魔をされる。今度は俺のじゃない。八千穂のものだった。
「ありゃあたしのもだ。何だろ------」
さっそくメールを開く八千穂に、俺は腹の底が冷えていくのを感じる。
八千穂の目が驚きに見開かれる。
「これ……夜会の招待状じゃない!」
「え---------?」
また違う着メロ。がさつな性格には似合わないクラシックは、暁斗のH.A.N.Tから流れるもの。暁斗はH.A.N.Tを取り出し起動させる。メールを読んでいるのか、しばらく目線を右に左に移動させていた。
「もしかして、招待状ってこれの事?」
暁斗はH.A.N.Tを開いたまま、画面を俺たちに向けた。見せられたメールは、堅い文面で数行、今夜行なわれる夜会へ紹介するとの内容が書かれていた。
場所は阿門邸。《生徒会長》が住まう屋敷だ。
「夜会?」
首を捻る暁斗に八千穂が説明をした。
「毎年この日に生徒会長の主催で行なわれるパーティーなんだけどね。その招待状は、選ばれた人にしか来ないんだよ」
「へぇ」
「明日は休みだし、夜会は日付けが変わるまで行なわれるから、参加者だけは大手を振って夜更かし出来るんだ」
「そんなのがあるんだ。……この学校は何でもありだな」
「まぁねー。でも美味しいご飯にダンスとかあるらしいから、きっと凄い豪華なんだろうなぁ」
「ふぅん……そうなのか……」
夢心地でうっとりしている八千穂。暁斗は考え込んでいる。それもそうだ。夜会をする場は暁斗にとって、言わば対立している組織の親玉の家のようなもの。何かあると勘ぐるのが普通だろう。さすが《宝探し屋》とでも言うべきか。
「ねーねー、皆守クンにも来てるんじゃないの? さっきのメール!」
「関係ないね」俺はしつこく聞いてくる八千穂の言葉を一蹴する。「そもそも選ばれる基準ってのはなんだよ」
「えー……何だろう」
「うーん」
本気で考え込む二人に、頭痛がする。これ以上こいつらと居たら、たまったもんじゃない。俺は二人を置いて、さっさと歩き始めた。突っ立っていても寒い。寒すぎて眠たくなる。
冷たい空気に混じったラベンダーの香りを吸う。
横を、前から歩いてきた男とすれ違った。
「ちょっと待ってよ皆守ク-----」
慌てて追い掛けてきた八千穂が、そのさっきすれ違った男とぶつかった。
「きゃっ」「ウッ----」
小さな悲鳴が交わる。
仕方なく振り向くと、八千穂はぶつかったらしい肩を押え、男から離れていた。
「ごっ、ごめんなさいッ」
謝る八千穂に、男はたじろぐ。
男は、俺よりも背が高かった。肌は良く焼けたような褐色。目や鼻の彫が深く、学ランの上に来ている上着と相まって、一目で日本人じゃないと分かった。恐る恐る右手を胸に当て、八千穂に謝り返す男は、怯えているようにも見えた。
二人の脇で、暁斗が男を食い入るように見つめている。
「馬鹿。道の真ん中ではしゃいでいるからだ」
俺に注意され、八千穂は恨めしくこちらを睨む。だがすぐ自分の非を認め、再び男に向き合った。
「あの、ホントにゴメンね? 大丈夫?」
「ハイ。ボク……ダイジョブデス」
辿々しい日本語で言って、男はこの場を後にする。頼り無い足取りで、校舎へと入っていった。男の背中を見送り、八千穂は安心して胸を撫で下ろす。
「----ああびっくりした。さっきの子、A組の留学生だったよね?」
「……確かエジプトから来たと言ったか。名前は----」
「----トト、でしょ?」
留学生の名前を暁斗が答え、俺と八千穂は一斉に暁斗を見た。
「うんそうだよ。暁斗クン、良く知ってたね」
八千穂が驚くのも無理はない。エジプトの留学生----トトは、暁斗が来るずっと前から天香に在籍している。暁斗はほぼ俺や八千穂といる事が多い。その間、トトとすれ違った事はないはずだ。だからあいつがトトの名前を知っているとは思わなかった。
「えっ、まぁ、俺もエジプト育ちだからなっ。何となく近親感が沸いて、調べてみちゃったんだよ」
「そうなんだ!」
八千穂はあっさり納得するが、俺は端切れの悪い暁斗の言葉がどうも腑に落ちない。だが、暁斗はさっさと話題を変えてしまった。トトとぶつかった箇所を押さえる八千穂の心配をしている。
「それよりも、強くぶつけたのか、そこ。随分擦っているけど」
指摘され、八千穂は困ったように眉を寄せる。
「うん……。触れたところが熱いって言うか……ビリビリしたって言うか」
「……静電気かなんかじゃないのか?」
冬場にはつきものだ。
「ん……そうだよね。うん、多分そうだよっ」
自分に言い聞かせるように言って、八千穂は駆け出した。
「暁斗クンッ、皆守クンッ、行こッ。急がないと遅刻しちゃうよ!」
「全くせわしない奴だな……。-------暁斗?」
暁斗はぼんやり校舎を見ていた。
「暁斗?」
「ん? あ、ああ行こうぜッ。せっかくお前起こしたのに、遅刻したらシャレにならないもんな」
俺の手を無理矢理引いて、暁斗は歩き出す。それはもういつものあいつで。だから俺は、こいつの様子がおかしかった事を頭の隅に追いやった。どうせ大した事じゃないだろう、と。
だが俺は、そう考えたことを後で物凄く後悔する事になる。
「次、葉佩に皆守-----」
体育教師に呼ばれ、俺はゴールポストに立つ。暁斗が足でサッカーボールをそつなく操りながら、前に立ち塞がった。
遠巻きにクラスメートらが、珍しい対戦を興味深そうに眺めている。そして後ろには、
「暁斗クン頑張れ! ついでに皆守クンも!」
女子がやっている陸上の待ち時間から抜け出し、八千穂がゴールポストの後ろで声援を上げていた。五月蝿いことこの上ない。集中力が途切れるだろうが。
「……俺はついでかよ」
「だってあたし、暁斗クンに勝ってほしいんだもん。でも皆守クンも応援してあげないとかわいそうかなーって」
いけしゃあしゃあと八千穂は言う。最近こいつはやたらと暁斗の肩を持つ回数が増えてきている。確か墨木の一件からか。これは俺もその日に知ったことだが、暁斗が女だった事実に、八千穂はもっとあいつに親身に接するようになった。まぁ、今更だが男子寮に一人、女の身でいるのだ。協力者がいる方が心強いだろう。だが、八千穂が時折からかうような目でこちらを見てくるのが無償に苛立つ。
今がまさにそうだ。
「----いいからお前は下がってろ。そこにつったってられると邪魔でしょうがない」
邪険に手を振り俺は八千穂を遠ざける。「はーい」と返事だけは元気に、八千穂は暁斗に「頑張ってね」と手を振りそこから離れた。
暁斗も八千穂へ手を振り返し、視線を俺へと転じる。
「さ、遠慮なく撃ってこい暁斗」
挑発する俺に、暁斗は勝ち気に歯を見せる。
「上等。勝ったら今日の昼飯奢りだぞ」
「じゃあ俺が止めたら、奢るのはそっちだ」
軽口を叩きあい、暁斗はボールから足を離した。助走の為の距離を取り、ちらちらとゴールポストの右側を見ている。
------分かりやすい奴。
俺は周りに悟られないよう薄ら笑い、そのまま動かずにいた。
暁斗がステップを踏み、走り出す。俺は両手を広げ、構えた。たったったと軽く走った暁斗は、ボールを蹴り出す。
思っていた通りだ。俺は左へ手を伸ばし、カーブしてきたサッカーボールを受け止めた。
あいつは右側を頻りに見ていたが、それは俺を罠にかける為のフェイント。他の奴なら引っ掛かる奴もいるだろうが。相手が悪かったな。色々巻き込まれている分、あいつの考えていることは、多少なりとも分かる。
「甘かったな」
俺は勝利を宣言するようにボールを胸元に掲げて、暁斗に見せる。周りのギャラリーが「皆守が勝ったぞ」と歓声に沸いた。
「これで今日はお前の奢りだ。暁斗」
「ちぇ」暁斗は口を尖らせた。「ゴール取れたと思ったのに」
「残念だったな。ま、相手が俺だったんだから仕方ない」
「言うなあ。でも今度は俺がお前のボールを止めてやる。早く交代!」
「ったくしょうがねえなあ-----」
「皆守クン危ない!!」
突然八千穂が叫び、俺は後ろを向く。八千穂はこっちの頭上を見ていて、俺もその視線を追った。
空が見える。今日もいい天気だ。昼寝にはもってこいだな。雛川に見付からなかったら、今頃気持ち良くサボれていたのに-----。ぼんやり考える視界の端に、黒く丸い影が猛烈に回転してきて飛んでくるのが見えた。俺の死角から、頭目掛けて飛んでくる。
俺は躱そうとして----止める。気付かないフリをして、そのまま突っ立った。
刹那。
俺の頭にボールが直撃する。予め身構えていたとは言え、痛みに顔を顰める。昼間の空に、星が飛ぶ。
ボールがてんてんと転がり、俺の少し後ろで止まる。
「甲!」「皆守クン!」
暁斗と八千穂が一斉に駆け寄ってきて、俺の心配をする。お人好しな奴らめ。
「だ、大丈夫……?」
「大丈夫な訳あるかッ!」
俺はぶつかってきたボールを掴み、辺りを睨んで見回しながら言った。
「誰の蹴ったボールだこの野郎ッ!」
「いや、悪い悪い。まさか当たるとは思わなかった」
「大和〜……」
俺は苛立ち、肩にジャージを掛け歩いて来た大和にボールを投げ付けた。
「テメェのゴールはこっちじゃないだろ!」
「ちょいと足が滑ってな。----おおっと」飛んで来たボールを大和は難無く受け止める。「お前なら避けると思ったんだが。
探るような言い方に、俺は口を紡ぎ大和を睨む。
「……」
暁斗がいきなり始まった喧嘩腰の会話に、自分が使っていたボールを手持ちぶたさに持ち、不安そうにこちらを見ている。止めたいけど入り込めない。眉を寄せた表情がそうもの語っている。
俺はアロマを吸いたい衝動に狩られた。大和の奴、余計なことをしやがって。
「もう、夕薙クンてば。いくらなんでもそんなの無理だよ」
天の助けか。八千穂が口を挟んだ。場の雰囲気を読まない明るさが、重苦しい空気を壊していく。
八千穂は腰に手を当て、まるで夕薙を子供のようにたしなめる。
「いきなり後ろからボールが飛んで来たら、避けられないって」
「そうだよ夕薙」場が和んで安心したのか、暁斗が続いた。「ちゃんと甲に謝ってくれ」
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