銀色の光がうっすらと弱まっていき、瞼を閉じてもなお、刺すような白い視界が端から少しずつ暗くなる。身体を覆っていた浮遊感が消え、脚の裏にしっかりとした地面の感触。眼を開けるとそこはもう、今までとは別の場所だった。
「…ここは、墓地か?」
今まで幾度と入り込んだ、地下に眠る遺跡の入り口が潜む場所。並んで立つ墓石が、続いている地震のせいで殆ど倒れていた。そして、入り口があった辺りはそれすらもなく、大きな穴が口を開けていた。そこから昇るのは巨大な光の柱。空を突き破り、先が見えない程にどこまでも続いている。
柱の中心を、地中から現れた二人の少女が手を取り合う。こちらの姿を見つけると頬を寄せあって笑った。
『ありがとう』
優しい微笑みを同時に浮かべ、彼女らは天高く昇っていく。その後を、神を名乗っていた男が、墓に捕われていた幾つもの魂が後を追う。哀しく冷たい呪縛から解き放たれてようやく手に入れられた安らぎを胸に。
天上の道を昇っていく姿を見上げていると、傍らの瓦礫が揺れた。盛り上がっていた土や岩を払い除け、黒く長いコートを着た男が起き上がる。周りを見て、自分がいる場所を認識すると、今の状況を信じられないような顔を向けた。
「−俺たちは、助かったのか」
「そう言う事になった様だな」
コートの男は眉間に皺を寄せると、口元を掌で覆う。ゆるく首を横に振った。
「…俺は、《墓守》の長としての役目を果たしきれなかった訳か…」
「…それを言うなら、俺もだろ」
「そんな事を、言わないで」
意志の強い声が遮る。地面にまで届きそうな艶やかな黒髪を風に揺らめかせる女が光の柱を見上げていた。
「彼女は何の《力》も持っていないのに、すべてをかけて守ろうとしていたわ」
女はこっちを向いた。そして視線を下ろし哀しそうな顔をする。
「あなたたちを−、いえあなたを守ろうとした彼女の意志を尊重して」
「その為に、彼女は」
言葉が途切れる。女の視線に合わせて顔を下に向けた。
彼女がいる。服は血と土で汚れていた。命を守る為に着けていたアサルトベストは見る影も無くぼろぼろで。そして鎖骨から腹部にかけて刺された傷があり、そこから流れていたおびただしい量の血が出ている。
眼は閉じていた。
息は、ない。
「−−−−−?」
名前を呼んだ。答えない。
「−−−−−ッ」
何度呼んでも、身体を揺さぶっても結果は変わらなかった。それでも繰り返す。
そこにあるモノがなんなのか、分かっているくせに認めたくなかった。滑稽だと思っても、それを認めたくなかった。
三ヶ月。たったの三ヶ月で、彼女は全てを変えた。《力》もなく、ただ自分の知恵と勇気だけで闇に立ち向かった。それに捕われた人の心を救って手を差し伸べ、終いには墓に眠っていた哀しい神すらも解放した。
それなのに、彼女だけが何一つ報われないのか。
光の柱が次第に弱く細くなっていく。魂の声も小さくなり、そして消えた。
全てが終わった。
「−−−−−」
名前を呼ぶ。彼女は起きなかった。
強く瞼を閉じる。
もう叶わないのに、聞きたいと思った。
自分の名を呼ぶ、彼女の声を。
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