夜も更け、シグレは遠慮されながらも初めて出会った場所までティーを送り届け、頭を下げ戻っていく姿を見送った。そして周りが静か過ぎる事を不審に思う。あの親バカな父親が騒ぎそうだ、と帰る道中ずっとうんざりしていたから、余計に拍子抜けだった。
何をしてるんだか、あのおっさんは。
文句の一つも言いたくなり、シグレは目の前の窓を睨んだ。そこは煌々と明りが灯り、人がいるのだろうと推測出来る。たぶんフェリドがその部屋にいるのだろう。
どうしようか迷っていると、いきなり人影が映り込み窓が開いた。危うく枠に鼻をぶつけかけ、慌ててシグレは避けて後ずさる。
「よう」
やっぱり部屋にいたフェリドが、驚きに胸を押さえるシグレに手を振った。にこやかに笑う表情を見て、シグレは一気に疲れが溜まり、げんなりするが「ティーが世話になったな」と言われ、たちまち険のある視線をフェリドに向けた。
「あんた……」
「オボロから連絡を貰っていた。すまんかったな」
「……あんた、ティエンの様子がおかしいのに気付いてたな」
オボロが連絡がいったとしても、それ以前にティーは太陽宮からいなくなっていた筈だ。それだけでもいない事を不審に思った人間が捜しに出たっておかしくない。
「まあ、一応は父親だからな。子供の事は分かっておくべきだろう。……まさかいきなりいなくなるとは思わんかったが」
「……じゃあ、あいつが好きな奴も?」
「何となくな」
フェリドは数日前、詰め所を覗いていてそのまま走って逃げたティーの様子に、察しがついたと懐かしさを滲ませて笑った。
「カイルに声を掛けられた時のティーは、まるで昔のアルみたいな顔でな。やっぱりあいつは母親似だという事が良く分かったよ」
「……それは自惚れか? それとも惚気か?」
「さてな」
身を乗り出し、ティーが消えていった方を見遣るフェリドは、息子の道行を見守る父親の目をしていた。
「……人を好きになるのは難しいもんだ。どんなに自制心が強い奴でも容易く翻弄される。そうは思わないか?」
「俺にそんな事言うな」
いつかのフェリドや、ティーみたいにそんな甘ったるそうな感情なんて、知らないのに。
シグレはつまらな気にそっぽを向いた。それを見て、フェリドはさっきのままの表情で言う。
「お前にもいつか分かる日が来るさ」
「………」
昔を思い出し遠い目をするフェリドに、シグレは無言で背を向ける。このまま居続けたらいらない事ばかり聞かされそうだ。
「お、帰るのか?」
「………」
「おうまた来いよ」
「こねえよ」
「オボロによろしく頼むと伝えといてくれ」
「自分で言え」
いつかしたやりとりを繰り返し、シグレは気怠るく頭を掻きながら歩いていく。遠ざかる姿に、人の目も憚らないようなフェリドの声が届いた。
「これからも何かが会った時、ティーを頼むな」
言われる間でもない。
口には出さず、シグレは背を向けたままゆるりと手を振り太陽宮を出る。
オボロ達が待っているだろう船へと向かい、ふと空を見上げた。
明るいうちから晴れ渡っていた空は、夜になってそのまま数えきれない星達をそこに映している。太陽のように明るくはないが、どこか安心出来る優しさがあった。
ティーも見ていてくれれば、とシグレは思う。
今のティーに、太陽の光は眩しすぎると思うから。今日ぐらいは、柔らかな星の明りに包まれて眠ればいい。
いつかまた、閉じ込めてしまった気持ちが報われる日が来るまで、どうか傷付く事のないように。
柄にもない事を願い、シグレは自分を誤魔化すように「だりい」と呟きながらまた、歩き始めた。
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06/06/14
要は頬を染めるティーが昔自分を見て頬を染めていた
アルシュタート様がいかにかわいらしかったって事が
言いたかったのかもしれないフェリド様、
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