■ sweet memory curry


 皆守甲太郎は余程自信があるのか、それとも馬鹿の一つ覚えなのか、二日に一度の夕食当番が回れば、必ず奴が作るのはカレーライス。しかも無駄にバリエーションが多く、毎回隠し味やスパイスの配合を微妙に変えているらしい。それでも、カレーがカレーである事には変わりなく、弥幸は時たまうんざりしてサフランライスにカレーを盛った皿を前にして苦言を漏らす事も少なくないが、それを全て皆守は聞いた側から右から左へ受け流している。
 冷蔵庫の野菜室は玉葱や人参の消費量が多いくせに、ピーマンやセロリなどカレーの材料以外は殆ど減らない。それらをどう減らそうか、考えに頭を悩ます時も多かった。


 皆守甲太郎は、弥幸が呆れる程にいつもカレーを作る。ともすれば、そこらの店よりも数倍美味しいヤツを作る。いっその事、《M+M機関》なんて怪しい匂いがぷんぷんする組織より、街角の片隅にでもカレー屋を開く方が余程良いと弥幸は思っていた。
 だがそれは、ある日覆される事になる。


 それは皆守が食事当番の夜だった。決まりきったように出てくるカレー。弥幸はああ、やはりと思いながらスプーンを手に、出来たてのカレーを掬い口に運ぶ。
 眉間に皺が寄った。
「……まっず」
「ああ?」
 半音程声を低くして、一口目を食べようとしていた皆守は、弥幸の聞き捨てならない言葉を聞いて、スプーンを戻した。よりにもよって自分が作ったカレーを不味いと言うなど。
「何言ってんだお前。俺が精魂込めて作ったカレーを不味いだと?」
「本当に不味いから不味いっつってんだろうがよ。嘘言ってもしょうがねえだろ」
 弥幸は行儀悪くスプーンの先を皆守に突き付け、ゆらりと揺らす。
「何今日のカレー。スパイスの配合も、いつもびっみょーに変える隠し味も全部失敗してんじゃん。こんなんは上手いとは言えないな」
「てめえ」
「反論する前に食え」
「………」
 二の句を許さない弥幸に、仕方なく文句を押し込め、皆守は戻していたスプーンを再び口元へと運ぶ。不味いなんて事はない。ちゃんと味見だってした。その時は美味しかった。だから今、不味いはずなんてない。
「………」
 口腔内に入ったカレーを吟味していく皆守の顔色が変わる。
「ほうらな」
 弥幸が自信満々に言った。
「……そんな事は……」
 皆守は愕然とする。弥幸の言った通り、今日作ったカレーは、スパイスの配合も美味しくさせると思っていた隠し味も逆に味を損ねさせ、失敗に終わっている。
 何故だ。味見をした時は、確かに美味しかったのに----。
「まぁ、凡ミスだったんだろうが。なにぼんやりしてたんだよ」
「ぼんやり……?」
 皆守はカレーを作っていた時を思い返す。
 野菜を刻んで、フライパンで炒める。鍋に入れ、水を入れ、煮込み。さて、今日はどんなカレーにしようかと考えていて。
「………」
 原因に思い至った。


 いつか---天香にいた時だ。気が向いた時にカレーを作り、それを葉佩に食べさせてやるといつも彼は美味しそうにそれを平らげた。皆守が見ていて気持ち良くなる食べっぷりで、また作ってほしいとせがまれると嫌だとは言えない。
 同じカレーばかりだとつまらないだろう。だから、毎回微妙に味を変えていた。葉佩がそれを食べて美味しいと言ってくれるように。
 今は道が別れ、何処にいるかも知れない彼。またいつか、自分がカレーを作って、葉佩が食べて「美味しい」と言ってくれる日が来るのだろうか。
 そう思いを馳せている間に、手が勝手に思っていたものとは違う動作をしていたらしい。結果、失敗カレーが皆守と弥幸の前で存在を主張している。
「……」
 肩を落とすと、皆守は何も言わず余り美味しいとは言えないカレーに手をつける。たとえ失敗したとは言え、カレーを粗末にする事など、皆守には出来なかった。
「夕食当番一周間禁止。それで許してやる」
 弥幸が言いながら、カレーを食べ始めた。
「断る」
 皆守が速攻で切って捨てた。
「もうちょっとちゃんと腕を上げるべきだと思ったんでな」
 またいつか再開した彼に、とびきりのカレーを作ってあげる為に。




うちは女主であろうと男主であろうと、最後には諸々な事情で一旦別れ離れになるので、また会う日までは、緋勇一族の元で鍛え上げられます。
再開した暁には愛情たっぷり手作りカレーを葉佩に作ってあげる事でしょうー。バカップル。
ちなみに弥幸と皆守がカップリングになる事はあり得ません(本命が他にいるから)
喧嘩仲間、もしくは殴り愛。でよろしく。