バスケ部にて 取手
 体育館。
 コートの脇でバスケットボールを追い掛ける人たちの群れを、取手が見ている。つい、数日前までは取手は彼らと同じユニフォームを着ていたが、今は制服だ。ボールが弾み、靴底が磨かれて光る床を擦って音を立てる。
 取手は、楽しそうにその音に耳を傾けた。
 先輩、と横からジャージを着た男が取手に近づく。ラインの色からして一年生だろう彼は、バスケットボールを片手に
教えてほしい事があるんですが、と真剣な眼差しで取手を見つめた。
 取手は眼を丸くする。僕でいいの?と問い返すと反対側から、お前はコーチだろ、と元チームメートのからかいが飛ぶ。
 そうだったね。取手は頬を赤くした。その為に僕は今ここにいるんだった。笑って照れると、立ち上がり手を伸ばすとボールを受け取った。
 久しぶりのボールの感触を楽しむ。近ごろはピアノばかりだったから。
 さぁ、行こうか。大丈夫。ちゃんと出来るよ。そう言うと、ジャージの彼は元気に返事をする。
 取手は他の三年とは違って、もうバスケ部のOBだ。これからは音楽を主にやっていくから、しばらくはバスケは思いっきり出来ないけれど、その分誰かに自分が培ったものを教えていく。
 実際にプレイするばかりがバスケじゃないからね。教えるのも楽しいよ。
 取手は笑う。いつか暁斗と歌を練習した時のように。
 そう思えるのは暁斗のお陰。
 ゴールポストの前に立つ。ジャージの彼が見ている前で、ボールを手に構え、ゆっくりとシュートを放つ。
 高く弧を描いて、ボールはネットへと吸い込まれて落ちた。
とりとめもなく。後輩にも優しそうな取手

 

 

武道場にて 暁斗+真里野

 真里野は木刀を八双の構えから、暁斗の肩を狙い打下ろす。暁斗は刃を滑らせて流し、振り向きざまに薙ぎ払った。すかさず飛びあがる真里野。がら空きになった暁斗の頭を目掛け、手加減無しの面を繰り出した。
「………ッ」
 暁斗が上体を仰け反らせる。木刀を持ったまま床に手をついてブリッジをし、足を上げて逆立つ。そして後方へリズム良く着地する。
 真里野の木刀が畳に当たり、跳ね返る。
 暁斗は重心を低く、身を落とすと、木刀で殴るのではなく、蹴りを放った。水面ギリギリのそれを真里野は小さく後ろに飛び、躱す。
 二人は一旦距離を取り、互いを見遣った。
「なかなかやるではないか、暁斗」
「お前こそ、真里野」
 ははははは。
 口から同時に、笑い声がもれる。
 強い者と向き合える喜びに、身体が震えた。

 

「なぁ」
 てっきり剣道の勝負かと思いきや、異種格闘技戦にまで発展した暁斗と真里野の手合わせに、興味心から脇で見ていた皆守は呆然とした。
「ん? なんだ、甲太郎」
 珍しく柔道部に顔を出していた夕薙が、皆守の伸ばした指先へと顔を向ける。そして、苦笑した。
「あいつらはいつもあんなだそうだ。始まると部活が終わるまで止まらんらしいぞ」
 後輩が言っていたからな。のんびり呟く夕薙を余所に、皆守はアロマを吸う。
 取り合えず、これを吸ったら暁斗を置いて帰ろう。
 繰り広げられる戦いの場。その周りでは、練習も出来ずに時間を弄ぶ剣道部員たちが、なす術もなく暁斗と真里野を見ていた。


おいてきぼり皆守

 

 

無性に蹴りたくなるのは気のせいじゃない トト+暁斗+皆守+取手

「アキト」
 胸から上は日陰、下は日なたとまるで天然毛布で寝ているような暁斗の顔を、包みを持ったトトが上から覗き込む。もともと浅い眠りだったようで、暁斗の瞼はすぐに開いた。垂れかかるよだれを手の甲で拭い、鼻をぐずらせ、ようやくトトに気付く。
「おお、トト」
「ヨク、眠テマシタネ。寝ル子ハ育ツ、デスカ?」
「その通りだ」
 暁斗は起き上がると上体を捻り、トトの頭を撫でる。
「偉いな、トト。すごいすごい」
「アリガトゴザイマス。アキトソウ言ウ。スゴク、嬉シイ」
 トトははにかみ、暁斗と向かい合って座る。包みを二人の間に出来た空間に置くと、結び目を解いた。カレーパンや焼そばパンがごろごろと出てくる。
「おお」
 余りにも大量のパンに、暁斗は驚いた。購買全部のパンを買い占めたんじゃないかと思ってしまう。一方のトトは暁斗の考えはつゆ知らず、カレーパンを探し出すと差し出してきた。
「アキトハカレーパン、デスヨネ」
 なんて無邪気に薦められた日には、もう何も言えない。
 ま、いいか。せっかくトトが買ってきてくれたんだから。あっさりと考えを捨てて、カレーパンを受け取り、封を開ける。
「イイ天気デスネ」
 あんパンを食べながら、トトがしみじみ呟いた。アキトも大きくカレーパンを頬張りながら頷く。
「そうだなぁ。こうやってご飯食べるにはもってこいだし」
「ボクハ、アキトトゴ飯一緒ニ出来ルダケデトテモ嬉シイ」
「うん、オレも」
「以心伝心デス」
「おお、心の友よ」
 見つめあって、笑う。にこにこにこと二人の周りにお花が飛んだ。
「…ああ、もうお前が大好きだ−ッ!!」
 臨界点が来たのか、暁斗は大きく手を広げると、トトの胸に飛び込んだ。トトも別段驚く様子を見せず、暁斗の背に優しく手を回す。
「ボクモアキト、大好キデスヨ」

 

「………とりあえず、暁斗を蹴っていいか」
「………やめときなよ」
 気持ちは分かるけど。
 屋上に入った途端、二人の仲睦まじさに当てられ、皆守と取手は複雑そうにそれを見つめていた。


トトと暁斗はとても仲良しさん
ちなみに「アキト」呼ばわりはわざとですのでご了承を

 

ココア 皆守暁斗

 嫌な夢を見た。


 内容はもう覚えていなかったが、起きた時は全身に嫌な汗を掻いてシャツが張り付き、心臓が早く脈打っている。胸の中が重くざわめいていた。汗で張り付いた前髪を払い、暁斗はベットから抜け出た。着替えないと汗が纏わりついて気持ち悪い。
 手早く着替え、脱いだ服を選択用のカゴに放り込み、のろのろとベットに戻った。だたでさえ睡眠不足なのだ。これ以上眠れなくなってたまるか。
 もう嫌な夢は見ない。そう言い聞かせて瞼を閉じる。すぐに眠れる。寝返りをうちながら意識を手放そうとした。眠れない。頭の中で、羊が山盛りになる程数えてみた。やっぱり眠れない。
 時計の秒針が動く音が耳に五月蝿い。我慢出来なくなって、暁斗は毛布を頭から被ったまま、部屋から出た。
 廊下を真直ぐ毛布を引きずる姿は、お化けのよう。その中で、心細く伏せがちな眼で溜め息をつきながら、暁斗は皆守の部屋の前へ辿り着いた。
 控えめに、扉を叩く。小さく名前を呼んだ。
 返事は、ない。予想はしていたけど、やっぱり少し寂しいかも。仕方ないよね。暁斗は自分に呆れて笑い、自室に戻ろうと方向転換する。
「……おい」
 扉が開いて、皆守が頭を覗かせる。まさか起き上がるとは思わなくて、暁斗が驚き振り向く。その顔を見て、皆守は顔を顰め、廊下に出るなり暁斗の腕を掴んで、そのまま部屋に通した。
「座っとけ」
 言われるがままに暁斗はベットに腰を下ろす。決まり悪くて所在なく視線を巡らせると、机の上にいつもは皆守が持っているアロマプロップが転がっていた。ベットも布団が乱れているからさっきまで寝ていたのだろう。
 程なくして、暁斗の目の前にマグカップが運ばれた。いつも飲むコーヒーではなくて、柔らかい琥珀色したココアだ。甘く白い湯気が立っている。
 冷えた指先が受け取ったココアの暖かさで柔らかくなりそうだった。
「……ありがとう」
「熱いから、気をつけろよ」
「うん」
「……おかわりもいれてやるから、欲しかったら言えよ」
「うん」
 皆守のいれてくれたココアはあったかくて、おいしい。身体が内側から暖かくなっていく。ラベンダーの香りも、心を落ち着かせているのを手伝っていた。
「ごちそうさまでした」
 あっという間に飲み干したココア。暁斗はマグカップを持ってふうと息をつく。向かい合って椅子に座っていた皆守が、おかわりいるかと尋ねてきて暁斗はやんわりと断った。一杯だけでも効果は抜群で、小さく欠伸が出てしまう。眠気が出て微睡み始めた瞼を擦った。
 その様子ならもう大丈夫だな。マグカップを片付けながら皆守は優しく微笑んだ。そして、ベットの壁際によって寝転びながら、暁斗を呼ぶ。隣に、横たわらせた。 自分の毛布と、暁斗が持ってきていた毛布を上に掛け、皆守は暁斗をかき寄せた。
 暁斗の枕になる、皆守の腕。暁斗の視界が、紫で埋まった。
「今日は特別だぞ」
「……うん」
「……ほら、さっさと寝ちまえ」
 あやすように背中を叩かれ、言われる間もなく暁斗の意識を眠気が覆った。

 夢はもう、見なかった。


たまには甘くたっていいじゃない。

 

 

役得だけど、損 皆守暁斗←夷澤

 夷澤は、手早く脱いだ服を棚の隅に置いた。その上に外した眼鏡を乗せて、腰にタオルがちゃんと巻いてある事を確認する。
 早く風呂に入ってしまおう。離れた場所で、のんびり服を脱ぎ始めている皆守よりも早く入って、のんびり湯につかりたい。ぼやける視界で、扉を潜り浴場へ進んだ。
 湯気が白く煙る。幸いにも浴槽に一人つかっているだけで、他には人がいない。さっそく身体を軽く洗って、さっそく足先から湯に入った。熱めだが、まぁ我慢は出来る。全身の血管が広がって、心地よい痺れが背中に走った。
 雑務やら、墓地の見回りやらで忙しかった夷澤は、自然と溜め息をつき、そしてこき使われた一日に怒りが沸いてくる。神鳳も、双樹も、自分をなんだと思っているのか。湯の中で握りしめた拳が震える。
「どうしたんだ?」
 不意に隣で座っていた先客が、夷澤に声をかけてきた。
「うるさい。余計なお世話だ。………」
 つっぱねてから、夷澤は先客の姿に見覚えがある事に気付く。眼を凝らし、ぼやける姿を凝視した。
「また、神鳳さんにでも苛められたのか? 懲りないよなぁ、お前も」
 聞き覚えのありすぎる声。もう、間違えようがない。夷澤は驚いて、口をぱくつかせる。
「なっ、なっ、なっ」
「な?」
「なんでアンタがこんな所にいるんすか、暁斗センパイ!」
 一応は女に属する暁斗が、夷澤の隣で湯につかっていた。もちろん裸で。一緒の湯に。連鎖的に理解したさまざまな事実に、思わず赤くなってしまう。
「だってさぁ、オレも帰ったのが今さっきで、硝煙や、血の匂いをさっさと取りたかったんだよ。あったまりたいし」
「だからって!」
「いやぁ、いいねェお風呂は。生き返るようだよ」
 のほほんと暁斗は湯を掬い、顔を洗う。全然夷澤を気にする様子がない。それを少々不服に思い、口を尖らせながらも、夷澤の意識は暁斗へ向けられる。
 日に焼けた肌の上に、毛先から落ちた水滴が伝う。ほんのりと頬が桜色に上気して、かわいらしい。鎖骨より少し下まで、入浴剤で濁った湯につかっているために、全身が見えないのが残念だった。
 って、何考えてんだオレは! 邪念が沸いて出る頭を勢いよく振って、気持ち悪くなった。
「どした、夷澤」
 うなだれる夷澤を暁斗が心配そうに尋ねる。その後頭部に、洗面器が勢い良く命中した。
「何やってんだ、お前はッ!!」
 皆守が怒り心頭で怒鳴っている。入ってすぐ暁斗を発見して、彼女の不可解さにこめかみを押さえた。
「女が男湯に入ってんじゃない!!」
「ええー。だって入れる時に入りたいんだもん」
「かわいこぶるな。気持ち悪い」
 皆守は夷澤を睨み付けて、指を突き付けた
「お前には恥じらいがないのか。隣に男がいるんだぞ」
「いや、夷澤だし」
 なにげに酷い言葉を言う暁斗に、皆守は呆れて肩を落とした。
「……もういい。さっさと上がれ」
「はーい」
 渋々暁斗は湯舟から上がり、そのまま皆守の横を通り過ぎていく。
「ちゃんとタオル巻け!」
 浴槽のタオルを暁斗の背に投げ付けて追い出した皆守は、重く溜め息をついた。そして、暁斗の肢体をぼやけている状態とは言え、しっかりと眼に焼きつけ前屈みになっている夷澤の後ろに立つ。
 いいものを見たと内心喜ぶその頭に、振りかぶって勢いよく上げた皆守の踵が直撃した。


やっぱり夷澤はイジメたい気がします。

 

 

 

 

ラリー 暁斗+響+夷澤


「いくぞー。響ー」
「はーい」
 部活を終えた体育館。人が疎らになっているそこで、暁斗はバトミントンのラケットを下から上に振り上げた。掌に転がしていたシャトルを落とし、高く、空へと跳ね上げる。
 シャトルは、山なりに飛んで、響の元へ向かっていく。
「行きますよ−」
 響が、シャトルを打ち返した。
 先程よりも、速く勢いがついている。
 暁斗はラケットを構え、身構えた。目を見開き、シャトルの動きを見極めようとしている。
 そして、
「たぁあーッ!」
 強く振り込んだラケットは、シャトルに擦りもせず、空振りに終わってしまう。暁斗は勢いに流されて、そのまま床に転がった。
「−−お兄ちゃん!」
 慌てて響が駆け寄る。仰向けで大の字に寝そべる暁斗を心配そうに見た。
 暁斗は「あははははッ」と大きく笑う。
「外したー。惜しかったなァ」
「お兄ちゃんにも、苦手なものがあるんだね」
「にんげんですから」
 上体を起こし、暁斗は響に手を引いてもらって立ち上がった。床に置いてきぼりにしてしまったシャトルを拾い、高く掲げる。
「よーし、もう一頑張りだ! 十回ラリーが出来たら、一緒にマミーズのスペシャルジャンボパフェを食べよう!!」
「うん。頑張ろうね、お兄ちゃん」
 笑い声が弾けて、シャトルが空を飛ぶ。

 

「………」
「−−混ざりたいなら、行けばいいでしょう?」
 扉の影から楽しそうな二人を忍び見る夷澤に、神鳳は冬の空気のような冷ややかさで言う。半ば、呆れも入っているようだった。
「まさか」
 大袈裟に肩を竦め、夷澤は振り向く。
「そんなこと、思ってる訳ないじゃないすか」
「………」
 神鳳は溜め息をつく。
「相変わらず、嘘をつくのが下手ですね、貴方は」
 夷澤の表情は、悔しさで一杯になっていた。


響がいるので何となく近付けない夷澤

 

 

 

ねむりひめ 皆守暁斗と色々


 夜の寮。プレイルームのソファに、暁斗が一人眠っている。左手を床へ投げ出し、シャツの裾は捲れ、むき出しになった腹の上に、起動しっぱなしのHANTが、スクリーンセイバーを画面に表示させている。
 観客のいないテレビが、一人でしゃべっていた。その音声を子守唄がわりにして、暁斗は眠る。

 

「あれ?」
 取手がプレイルームを通り過ぎようとして、暁斗に気付いた。
「……そんな風に寝てたら、風邪をひいてしまうよ……」
 取手は、冷たい床に触れている左手を胸の上に置いた。そしてほんのり頬を赤くしながらシャツの裾を直してやる。
 起こすのは、気が引けた。
 あまりにも、気持ち良さそうだったから。
 優しく微笑んで、取手はそこを後にした。

 

「−−アキト?」
 洗濯物を終わらせて、カゴを抱えながらプレイルームを通り過ぎようとしていたトトは、寝ている暁斗に気付いた。
 こっそり、ソファの背もたれから、寝顔を覗き込み口元を緩める。
「イツモ、頑張テマスモノネ。アキトハ」
 フフフと笑いながら、トトはHANTをテーブルの上に置いて、乾燥機から取り出したばかりの、まだ暖かいブランケットを暁斗の上に広げた。
「ユクリ休ンデクダサイ」
 気持ち良さそうに寝ている暁斗にそっと微笑んで、トトはそこを後にした。

 

「……おや?」
 手に箱を持っていた神鳳は、プレイルームを通り過ぎようとして、眠っている暁斗に気付いた。
 近づいてみると、暁斗は暖かそうなブランケットに包まれて幸せそうに寝言を呟いていた。
 とても同学年とは思えない幼さに、神鳳は思わず笑みをこぼす。
「何となく、皆さんが可愛がりたくなる気持ちが分かりますね」
 そして、箱の蓋を開けると、実家から送られてきた菓子をHANTの隣に置いておく。
「美味しいお菓子ですから。起きたら食べてくださいね」
 優しい兄の表情で、神鳳はそこを後にした。

 

「……なんだ、これは」
 皆守は、プレイルームを通り過ぎようとして気付いた。
 ソファに暁斗が寝そべっていて、すぐ近くのテーブルにはお菓子やらおにぎり、挙げ句には石が、まるでお供物のように山になっている。まるで地蔵か何かだな、と呆れる。
 相変わらず、こいつは色んな奴に好かれている。自分で考えておいて、皆守は憮然とした。
 暁斗に近づき、傍らへ腰を下ろす。背もたれに手を乗せて、皆守はそっと暁斗の顔に、自分のを伏せていく。
 取り合えずは、起きやがれ。

 皆守が贈った目覚めのキスで、眠り姫は息を詰まらせ起きた。


黒塚や肥後も通り過ぎた模様。

 

 

 

 

変な奴 暁斗←夷澤


 校舎二階の廊下を歩いていた夷澤は、ふと後ろから足音が近づく音が耳に届いて、振り向いた。
 陰る視界。
 自分に突撃して飛び込んでくる人影に、夷澤は心から驚いて目の前が真っ白になる。そのまま殴り飛ばすことも、逃げることも出来ずになすがままそれに抱きつかれた。
 ラベンダーの香り。それだけで夷澤は犯人が分かった。
「−−何やってるんすか。アンタは」
「夷澤が歩いていたので、身体が勝手に動いたんだよ」
 人影−−葉佩暁斗は言った。
「で、何でそんなに怒った顔をしてるの?」
「見て分からないんですかッ? アンタがくっ付いてるからですよッ!」
 夷澤にしてみれば、自分は《生徒会役員》で暁斗は《宝探し屋》。所謂相対する存在。敵同士。
 なのに、平然とくっ付いてくる暁斗の行動が理解出来ない。
「離れてくださいよッ。オレは今から仕事があるんですから」
 両手は書類で塞がっていたため、夷澤は身体ごと回転し、その遠心力を使って暁斗を引き剥がした。
「おっとっと」たたらを踏みながら、暁斗が床に足をつく。ちっとも堪えていないようすだ。
「大変だね。良かったら手伝おうか?」
「お断りします」
 暁斗の申し出に、夷澤はすげなく答える。
「だいたいアンタ、オレたちと敵同士なら、こんな風に話してもいいのかよ。そんな呑気な顔で来るなんて、バカの極みっすよ。センパイ」
「うん、オレ、バカだもん」
「なッ………」
 満面の笑みを見せる暁斗に、夷澤は絶句した。
「バカだからさ、ちゃんと話してみたりして接してみないと、その人となりは分からない」
「………」
 本当にバカだ。この人は。付き合っているとこっちが疲れてくる。夷澤は「どちらにしても、お断りしますから」と適当に言って暁斗に背を向けた。

「いさわー。今度一緒にお茶しようなー」

 背中に、間抜けな声が飛んできた。
 そうして今度は足音がだんだん遠ざかる。「皆守」と言っていたのが聞こえたから、いつもつるんでいる相手が現れてきたのだろう。
 その相手は、夷澤にとって苦手な分類だったので、そのまま廊下の角を曲る。
「−−変な奴」
 夷澤は一人ごちる。
 今までにない《転校生》だ。
 《生徒会》の人間に気安く話し掛け、人となりをしろうとする《転校生》なんて見たことがない。
「本ッ当に、変な奴」
 夷澤は、語尾を強めながら吐き出した。
 絶対にこれから関わってなるものか、と決意を込めて。

 しかし、本人のそれとは裏腹に、夷澤は後に暁斗が気になっていくのだが、上にのし上がっていくことだけを考えている今の彼には、知る由もなかった。


夷澤はかわいいですね。色んな意味で(笑)

 

 

 

 

犬猿 弥幸+皆守


「ああ、暁斗君。こんにちは」
 昼休みの購買。ピークも過ぎてレジの前にゆったり座っていた弥幸の前に、ひょっこりと暁斗が現れた。常連になってきた彼の姿に、弥幸は優しく笑う。
 それを見て、暁斗もつられて笑った。
「また来たんですが……。良かったですか?」
「もちろん。ここは生徒の為にあるところなんですから。僕個人としても、君が来てくれることはとても嬉しいんですよ」
「へへ、良かった」
「そうだ。昨日家で菓子を焼いて持ってきていたんです。君さえ良ければ取ってきてあげますけど……。いかがですか?」
 菓子と聞いた暁斗の目が輝く。大袈裟に、胸の前で両手を組んだ。
「良いんですか? うわァ、オレ弥幸さんのお菓子大好きだから、お言葉に甘えちゃおっかなぁ」
 そして、暁斗は後ろを振り向く。「皆守も、引っ込んでないで、一緒に食べようよ」
「……余計なことを言いやがって」
 皆守が、廊下の影からゆっくり姿を見せる。気怠い雰囲気とは裏腹に、眼は剣呑な鋭さを持って弥幸を睨んでいる。
「暁斗、お前分かっていて言っているだろう。俺がこいつをどんなに嫌っているか」
「え……」
 暁斗が狼狽しながら皆守を窺う。さっきまでの和やかな空気は彼方へ消し飛んでいた。
 だが、弥幸はその空気をものともせず、表情を崩さないまま皆守を見る。
「僕は別に構いませんが。貴方次第ですよ」
 丁寧な口調。穏やかな物腰。誰にでも好印象を与えるその笑顔。
 全てが、皆守の気に触る。
 弟に対しては同じものを見せられても感じなかった嫌悪感が、弥幸にだと一気に沸き上がるのを皆守は感じた。 舌打ちをして、アロマプロップの先端を噛む。
 弥幸と皆守に挟まれて、暁斗は二人を交互に見た。明らかに、困っている。
「なぁ……。皆守……」
 そして、恐る恐る伸ばしてきた手を、皆守は乱暴に払って購買を後にした。

 

 屋上に冷たい風が走り、熱くなった頬を冷やしてくれる。皆守は金網を掴み、強く握りしめた。鉄が擦れあい、耳障りな音を立てる。
 アロマを大きく吸うが、膨れ上がった苛立ちは、すぐには治まらない。
「くそっ」掴んでいた手を拳に変えて、金網を殴りつけた。

「相変わらずですね。皆守甲太郎」
 涼やかな声が背後からする。ついさっき逃げてきたものに、皆守は弾かれるように振り向いた。
 そこには、何時の間にやってきたのか、弥幸が気配もなく後ろに立っている。
 暁斗に見せていた笑みは霧散して、普段彼を知る者が見たら驚く程、冷淡な表情が現れている。
「すぐ側にあるものから、逃げようとする。耳を、眼を塞いで。ラベンダーの香りに埋もれるように」
「お前には……、関係ない」
「けど、あの子には関係があるでしょう」
 顔を背ける皆守に、弥幸の目付きが鋭くなった。
「あの子は困っていましたよ。貴方に突き放されて、戸惑っている。なのに、貴方はあの子を思ってやれず、自分のことで精一杯だ」
 弥幸はゆっくりと近づき皆守の前に立つと、その胸元に指を差した。
「−−心を開かないくせに。貴方はあの子の側にいる」
「やめろ」
「いいえ、止めません」
 皆守は強く弥幸を睨み付けるが、彼は怯まずに言葉を続ける。
「貴方は、何を、望んでいるのですか」
 やめろ。声にならない言葉が、皆守の中でうるさく響く。
「……そんな、寂しい期待を抱いて。あの子をどうしようと言うのですか。−−副会」
「−−ッ!!」
 前触れもなく皆守から殺気が溢れ、弥幸が全てを言う前に蹴りを放つ。威力も速さも兼ね備えたそれが弥幸の頭を狙っていた。
 だが、弥幸は逃げない。その場に立ったまま、皆守をただ見据えている。
 顳かみに直撃する寸前、皆守の脚は止まった。微かに震えながら降りていく。
「………」
 皆守は俯き、弥幸を見ないまま、横を通り過ぎて屋上を出ていく。
 階段を降りていく足音に、弥幸はそっと瞼を下ろす。
 そして言った。

「そんなんだから、何時まで経っても変われないんだよ。−−憶病者」

 


俺設定
皆守と弥幸はものすごく仲が悪いです。
犬猿。もしくは同族嫌悪。