- 猫とひよこ -

 

『俺には関係ない』

 って言ったくせに。
 夜も更け、寮の自室でHANTを開き情報整理をしていた暁斗は、ふと皆守の言動を思い出した。

『さっきは悪かった。気が向いたら呼んでくれ』
『…何か、する事はあるか?』
『こいつは今お前に手を差し伸べている。取手、お前はそれをどうするつもりだ?』

 人を突き放す事をするくせに、妙に優しくて、面倒見が良くて、人を放っとけない所がある。
 皆守甲太郎。こいつの本性は、実はとっても良い子なのではないか?
 暁斗はキーボードを叩く指はそのままに、だが頭の中は視界の渦に投げ込まれていた。一生懸命、皆守の事を考える。まだ十分に集まっていない彼の情報を掻き集めて、ひととなりを思い浮かべた。
 最初の出逢いは屋上。いやに乾いた砂漠の砂のような眼で、こちらを見ていた。立ち振る舞いも、アロマを吸う手付きも大人びていて、どことなく冷たい雰囲気を纏っている。正直、いい印象はなかった。
 だけど、寮への帰り道を一緒に帰りながら教えてくれたり、自分が《宝探し屋》だとバレても内緒にしておいてやると言ってくれた。
 でも取手の時、皆守は冷たく突き放した。売り言葉に買い言葉で喧嘩をして、気まずく別れたのに結局は危険があるにも関わらず、遺跡についてきて。
 考えれば考える程、分からない。今までは、ちゃんと道筋を辿って少しずつ突き詰めていけば、何でも解けたのに。皆守に関してだとうまくいかない。
 とうとう指の動きが止まってしまい、暁斗は机から離れると、頭からベットにダイブした。一度深みにハマると視界の渦から逃れる道はない。今日はもう作業を進める事を諦めた。
 代わりに少しでも、理解をしようと暁斗は考えながら瞼を閉じる。
 ドライなのか、優しいのか。
 冷たいのか、暖かいのか。
 突き放すのに、どうしてまたそれを探すような行動を取るのか。
 初めて皆守からメールを受け取った時に感じた、胸のもやもやが大きくなっていく。
「………。よし、決めたッ!」
 握りこぶしを固め、決意に燃えた暁斗がベットから起き上がったのは、時計の長身がそれから一周半回った頃だった。

 

「と、言う訳でェ」
「…あ?」
 朝礼もそこそこで抜け出し、屋上でサボりを決め込んでいた皆守は、突然扉を開けて高らかに宣言する暁斗に、不機嫌よろしく低い声で睨み付けた。だが、最初から反応を読んでいたのだろう暁斗は、怯まず腰に手を当てて、居直った。
「オレは、今日からお前と友好を深める事にした!!」
「………は?」
 いきなり何を言い出すかと思えば。皆守は力が抜け、凭れていた壁からずり落ちかける。
「何つった、今」
「だから、お前と友好を深めたいと」
「お断りだ。さっさと戻れ。俺は寝る」
 暁斗に背を向けると、皆守は腕枕に頭を乗せてさっさと寝る体勢に入った。暁斗が近寄り、身体を揺らしてくる。うっとうしく手を払っても引かない暁斗に、皆守は肘をつき上体を起こして肩ごしに鋭く見た。
「…いい加減にしろ。第一俺なんかと友好を深めて何になる」
「オレが嬉しい」
 自分本位の考えに皆守は呆れる。自分と友達関係になりたいと言う暁斗が信じられなかった。
 暁斗は目を輝かせて、口を動かしていく。
「それにさー。オレ、お前の事よく分からないからさぁ。それを知るにも一緒にいて、友達になって、で理解していくの。頭いいだろー」
 馬鹿だ。
 自信満々の暁斗に皆守はこれ以上関わるのを放棄した。眼を反らし、コンクリートの地面に横になると瞼を閉じる。後ろでわめく存在をないものとして、夢の旅に出ようと必死に努める。
「皆守。皆守ってば。もうすぐ授業が始まるよ」
 無視。
「一緒に出ようよ。教科書見せろ、手紙のやり取りしようよ」
 誰がするか。
 一向に反応を示さない皆守の腕を、暁斗が掴む。
「マミーズに連れてってやるって言ったじゃないか」
 それは言ったが、今は関わりたくないので無視。
「………みーなかみ」
 いきなり耳元で囁かれ、皆守の背に寒気が走ったが、どうにか持ちこたえる。しばらくの沈黙の後、ようやく暁斗の手が離れていった。
 ようやく諦めたか。皆守は内心安堵して息をつき、待ち焦がれていた夢の中へ意識を手放そうとした。
 が、
「−三秒以内に眼を覚ませ。さもなくば」
 頬に柔らかい感触が、ついてすぐ離れる。全身が一気に震えが走った。まさか、こいつ。
「次は口にしてやるぞ。−いいか。…いいんだな!?」
 皆守は即座に起きると、眼前に迫る暁斗の頭を力強く叩いた。
 いい音がした。

 

「なー、皆守ー」
「お前、どこまでついてくる気だ」
「どこまでも」
 余りにもうるさく騒ぐ暁斗から逃れる為、皆守は屋上から校内に戻るが、暁斗がしつこく背中を追ってくる。それはまるで、すり込みをされた鳥の雛のように。純粋な眼差しで自分を見失うまいと懸命に追い掛けてくるのだ。
 通り過ぎていく同級生は、何に対しても無関心な男と最近やってきたばかりの転校生の奇妙な組み合わせに無遠慮な視線を投げかける。それをものともせずに、暁斗は大声で呼んでくるものだから始末が悪い。
「だいだい、お前オレの事まだ名前でちゃんと呼んでないじゃないか。友情が足りん。友情が」
「俺はお前と友情を深めようなんて思ってない」
「えー! やだやだやだやだってか、名前呼べって! オレには葉佩暁斗と言う立派な名前がだなァ−」
「………。−葉佩」
 皆守は立ち止まり振り向いた。慌てて急ブレーキをかける暁斗の鼻先に、指を突き付ける。
「取手の件では成りゆき上付き合ったがな、俺はこれ以上お前に関わる気なんてないんだ。だから、お前も俺に関わろうとするな。 ………それが、お互いの為だ」
「でもさ」
 暁斗はきょとんと指先を見つめ、首を傾げる。
「皆守は優しいから」
「−なッ」
「関係ないって言いながら、来てくれたし。オレの事も気遣ってくれた。理解したいって気持ちもあるけど、友達になりたいなぁっていうのも、本音」
 駄目か? なんて問いかける暁斗に、皆守は言葉を失い口をつむぎむくれる。突き付けた指先を、暁斗の額の上まで移動させるとぴんと弾いた。
「−馬鹿か、お前」
 赤く小さく腫れた額を押さえる暁斗に言い捨てて、皆守は踵を返した。廊下を曲るまで呆然と暁斗は立ち尽くす。
 何で、あんな顔をするんだろう。暁斗は不思議だった。額を弾かれる前、暁斗の眼に入ったのは寂しそうな皆守の顔。不意打ちに見せた表情が気になるし、放っておけない。
「−あッ、
いけねッ」
 暁斗は我に返ると急いで後を追った。

 

「まだ、ついて来る気かよ」
「どーこまでーもー」
「妙なリズムをつけるな」
 終りが見えない出来事にうんざりして、皆守はいら立ちを隠さずに歩いていく。しかし、暁斗も負けない。後ろに引っ付くように歩き、口からは止めどなく説得の言葉が流れてくる。それらを全部聞き流していくと、暁斗はむっすりと口をへの字にした。
「…なぁ。なんで授業に出ないんだよ」
「何度も言っただろうが。そんなモノに出るぐらいなら、夢見てた方がマシってな」
「勉学は学生の醍醐味だと聞いたぞ」
「なら、俺に構ってないで、出ろよ、授業」
 別に俺が出なくたって、一緒だろうが。皆守はおざなりな考えでそう答えた。
「…、オレは皆守と一緒に出たいのッ」
 涙が滲んだ声音に、思わず動揺して皆守は立ち止まった。背中にどんと軽く暁斗が衝突する。小さく肩を揺らして、洟を啜っていた。
「皆守と一緒じゃなきゃ、意味がないッ…」
 おそらくは泣いているのだろう暁斗に、皆守は大いに困る。まさか、泣くとは思わなかった。背中に触れる感触に押され、重く溜め息を吐く。
「…葉佩」
「………」
 また一つ溜め息を吐く。
 仕方がない。
「泣くなこの馬鹿。…ったく分かったよ」
「………え?」
「今回だけだからな」
 ああ、何を言ってるんだか、俺は。以前なら絶対に吐かない言葉だ。どうにも、この転校生と出逢ってから、自分は振り回されている。
 だか、何だかこいつが弱々しく泣いているのもゴメンだと思った。
「行ってやるから。だから、泣くな」
「よっしゃ」
「………………」
 さっきまでの泣き虫はどこへやら。暁斗はいつもの調子に戻って、そのまま皆守の腕を捕らえて、引っ張りはじめる。変わり身の速さに、皆守は物も言えない。
「…お前ッ、だましたな」
「あははは。騙される方が悪いんですゥ」
「…こいつ、後で覚えてろよ」
「さぁ、行こう。俺たちの愛の巣へッ!!」
「人の話を聞け。それにな、いきなり関係を飛躍させんなッ!!!」
「聞っこえませーんッ。あはははは」
 大声で叫んでも、暁斗は聞く耳持たずで、皆守は教室にまで引っ張られる憂き目にあう。
 その後も度重なる暁斗の行動に閉口しつつ、抵抗しても巻き込まれる皆守の苦労は、絶えない。

 

 …本当、勘弁してくれ。

 

 

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猫=皆守。ひよこ=暁斗でお願いします。
今は平気でも、気を付けないと食べられますよ、ひよこさん(え?)