6.恋愛談義 皆守→暁斗?
帰りかけると、暁斗はクラスメートに呼ばれた。手招きするクラスメートの後ろには、恥ずかしそうに俯く女子生徒が戸口に隠れて立っている。見かけた事のない顔だ。ちらりと見える上履きに走る青い線から二年生だと分かる。
どうして見も知らぬ人に呼ばれるのか。暁斗は首を捻りながら、女生徒に「何?」と尋ねる。
「あの……。ちょっと……屋上まで来てもらえませんか?」
消え入りそうな声に、暁斗はますます疑問を深めながらも、素直についていった。 「………ん?」
屋上で一眠りしていた皆守は、ふと聞き慣れた声に目を覚ました。腕時計を見れば終礼が終わったところか。大きく伸びをして辺りを見回す。
端につけられた柵の辺りに人が二人いた。一人は暁斗だったが、もう片方は知らない女生徒だ。長い髪を風に晒して暁斗を見上げている。
無駄に良い視力のせいで、皆守は女生徒の方が赤く染まっているのを見つけた。暁斗を見つめる視線も熱っぽく、それだけでこれから何が起こるか理解出来る。恐らく女生徒は暁斗のことが好きで、屋上で告白に踏み切ったのだろう。ここだったら時間帯、終礼が終わる頃は人は殆ど来ず、格好の告白場になるだろう。
だがそれは皆守にとって迷惑な話だ。寝ている途中に、傍で告白の様子を聞かされると余所でやってくれと常々思う。今だってそうだ。何が悲しくて友人への愛の告白を聞かなくてはならない。
「それで、話って、何?」
告白されるとは露とも思っていない暁斗はいつもと変わらない。対して女子生徒の方は、見るからに言葉に詰まって肝心な言葉を出せずにいる。
「あの……、そのっ」
「…………?」
「あの、わたしっ」
「うん」
「貴方のことが……好きだったんですっ」
「えっ」
ようやく状況を把握した暁斗は、あからさまに驚いた。
「ずっと前から良いなって思ってて……。つ、付き合って、ほしいんですけどっ!」
女子生徒に押されるように、暁斗は後ずさる。目は泳いで、返答に困っていた。告白される経験が少ないお陰で、恋愛に関する知識は他の高校生より浅い。
《宝探し屋》としての経験も、恋愛には余程使えなくて、直ぐさま返事を迫ってくる女子生徒の気迫に飲まれてしまう。
「悪い、オレ、付き合うとかまだそういう気にはなれなくて」
「じゃあ友達からでもいいです。だから付き合ってください」
「友達って………」
「友達から恋人にって、あるじゃないですか。もしかしたら、接していくうちにあたしのこと、好きになってくれると思いますし」
「………」
いきなり知らない人間にそう言われても、それもまた返答に困る。少なくとも今までの友達は交流を持って(《遺跡》でのことも含めて)親好を深め、そうなった経緯が多いから、目の前の彼女のように迫られるのは好きじゃない。
強引な彼女の言い方に、暁斗の表情が曇る。
困ってるようだな。遠目の見学を決め込み、皆守は横目で様子を窺う。
言い寄るように女生徒は暁斗ににじり寄り、その分暁斗は後ろに下がる。女生徒は何かを言っているようだった。あいにくここまでは聞こえないが、暁斗の表情が曇っていくところを見ると、あまり暁斗にとっては面白くない事を言われたようだった。
もうそろそろか。皆守は立ち上がる。 「……悪いけど、君とは付き合えないよ」
「どうしてですか!?」
「オレにはやる事がある。君に構っている暇はない」
きっぱりと言われ、女生徒は悲痛な面持ちになる。断れると思っていなかったようだった。
「オレなんかより、もっと良い奴がいるだろうから、そいつを見つけなよ」
「………」
俯く女生徒の目に涙が浮かぶ。鼻を啜っていたが、暁斗はそれを聞こえない振りをした。ここで優しくしてやったら、また女生徒はいらない期待を抱くだろう。
「じゃ、寒いから早く帰った方がいい」
それだけ言って、暁斗は屋上を後にする。
「よう」
「………甲」
浮かない顔で教室に入る暁斗は、自席に座る皆守に足を止める。皆守は立ち、暁斗の鞄を放る。
「ほらよ」
「……ありがとう」
受け取った鞄を背負い、暁斗は皆守と一緒に下校した。
暁斗はずっと浮かない顔をしている。告白の様子をあらかた見ていた皆守は知っていたから、何も聞かない。恋愛の相談を受ける程、器用な訳でもないし、聞いたって答えられない。
「……なぁ」
唐突に暁斗が呟く。
「恋愛って、難しいよなぁ。オレ、しばらくああいうのはごめんだな」
「………そうか」
皆守は複雑な顔をして答える。これは、手強い相手だ。あの女生徒のようにならないように、もう少し慎重にやるかと、密かに決める。
そして恋愛に慣れない二人は、そろって相手に聞こえないように溜め息を吐いた。
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