だけど、何でだろう。
……ちゃんと兄さんを助けられたのに、胸の辺りがぐるぐるする。
その声は聞こえない オフA5 P48
流行り神本 兄←弟色強めなあにおとうと
色々鈍い兄に純也が苛々する話と、兄さんが風邪を引く話の二本立て。微妙に話は繋がってます。
他にも人見さんと雪乃さんがちょっぴり出てきます。
ゲストに篁めぐるさんをお呼びしています。
表紙絵をこじまさんに描いていただきました!
話の一部
ずきずきと打ち付けられた左目が、ぼくに痛みを訴える。手で押さえると瞼の辺りが内側から痛んだ。痣になっているかもしれない。他にも手足や背中、それに脇腹が痛んで、動くだけでもあちこちが軋むように痛い。
それでもぼくは立ち上がり、さっき崩壊した病院跡を見た。長い間使われず放置されていたそこは、もう病院だった名残りもなく、全て瓦礫と化していた。後もう少し、脱出が遅れていたら、その下敷きとなっていただろう。
賀茂泉警部補が、人見さんたちの状態を確認している。鋭い声で指示を出され、小暮さんが動く。
ぼくもするべきことがあるんだろう。だが、動けずにいる。
瓦礫の山の前で、兄さんが立ち尽くしていた。
だらりと垂れ下がった手。
呆然としながらも、兄さんはそこから眼が離せずにいる。崩れかけた病院に、逃げ遅れた存在を探しているようだった。
そう、あの瓦礫の下に人見さんの恋人で、兄さんの親友だった――安曇優がいる。
兄さんは彼を助けに、崩れかけた手術室へと飛び込んだが、それをぼくが止めた。あの状況での兄さんの行動は自殺行為だ。無謀な、死ぬと分かっていることをぼくが兄さんにやらせる訳がない。殴られたって構わない。とにかく兄さんを死なせたくない一心だった。
ぼくは、兄さんを止めたことを、後悔していない。けれど、助かった兄さんの横顔を見ていると、何故か置いてきぼりにされた気持ちになる。
今の兄さんは、雪乃さんと同じ眼をしていた。
ここではないどこか、遠くを見つめる眼。
ああ、いやだ。
「……にいさん」
ぼくは掠れてしまった声で兄さんを呼ぶが、振り向いてくれなかった。
その眼は、瓦礫へと向けられたまま。
ぼくは兄さんに伸ばしかけた手を握りしめ、引っ込めた。
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