アイツが、日織が羨ましい。和に頼られるアイツが。
オレもあんな風に和を助けてやれたら。
そう思っているのに、何もしてやれない。









ファレノプシス オフA5 P80
雨格子の館本 椿(成瀬)×和+日織
Sランククリアルート前提。椿の自爆率色んな意味で高め。
双子もちょっと出てきます。
表紙絵をこじまさんに描いていただきました!





話の一部

 何もせずじっとしているのは、案外辛いものだった。
 横になっていても、些細な物音ですぐ目が覚めてしまう。それに今日も徹夜で誰かの護衛をしている和を思うと、妙に心配になり様子を見に行きたくなるのもあった。
 緊張からか、煩雑な思いからか、夜中何度も目を覚ましてしまった椿は、十分に眠れないまま四日目の朝を迎えてしまった。相変わらず止まない雨の音に、うんざりしながら起き上がる。いつまで降り続けるつもりなんだろう。
 しばらく椿は起き上がったままの状態で外を睨み付けていたが、小さくため息を吐いて、ベットを降りる。早朝でまだ誰も出歩いていないだろうから、簡単な身支度だけ済ませトイレに向かった。
 廊下を歩いていると、何処からか和の声が聞こえた。足を止め辺りを窺う。すると和に続いて、那須の空気を読まない呑気な声がしてきた。
 どうやら今回の標的は那須だったようだ。二人とも声が大きいせいか、扉の前に立っただけでも、会話が椿の耳にまで届いてくる。
 二人は、途中まで起きていたにも拘らず眠ってしまったらしい。どういう話の流れからかは知らないが、ストレッチでのびてしまった和を寝かせた後、那須もそのまま眠ったようだ。しかも、扉の鍵は開けたままで。
 そう言った那須に、和の呆然とした声が聞こえる。それはそうだろう。二人とも寝てしまって、さらに自由に部屋に入れる状態。犯人に殺してくださいと誘っているようにしか見えない。よくもそれで殺されなかったものだ。椿は呆れ半分で感心した。
 一晩中那須の相手をしていた和に同情しつつ、もうすぐ彼が出てきそうなのでこっそり自室へと戻ることにする。廊下を歩きながら、タイを締めなおし、髪を後ろに撫でつけ整えた。
 那須の部屋から出てきた和は、少しは寝たんだろうに既にふらふらになっていた。ぎくしゃくとぎこちない足取りで、筋肉痛に顔を歪めている。痛くないよう、気を使いながら歩いているせいか、扉の前に立っている椿に気づいていない。
「……これは一柳様」
 そうわざとらしく慇懃に会釈すると、ようやく椿に気づいた和が「あっ」と大きく目を瞬かせた。ゆっくりと歩み寄り「おはよう、つばきくん」と眠気が多分に混じった声で挨拶をする。とろりと微睡みそうな目を擦る辺り、やっぱり寝たりないのだろう。
「おはようございます……と言うほど爽やかなお目覚めとは思えませんが」
 本人も分かっていることを、椿は敢て指摘した。予想通り、図星を突かれ口籠る和に笑ってしまう。悪いと思っているが、反応を見るのが面白くて、ついからかってしまうのだ。
 椿はそれとなく、どうして日織と一緒じゃないのかを尋ねる。いつも側にいる姿がいないことから、今回は和ひとりで護衛をしていたようだった。
「だって、二人で行くと、朝になってから二人とも休むことになっちゃうだろ? その間何かあったら怖いし」
「……見張りを日織に頼むっていう選択肢はねーの?」
 どうみたってひ弱そうな和より、日織が見張りをした方が、安心じゃないだろうか。体格だっていいし、聞いたところによると、武術の心得もあるようだ。もしそこらの人間が襲いかかったとしても、返り打ちにしてしまうだろう。
 日織が護衛しているなら、その間和は十分に休める。昼間だって、館を駆けずり回って疲れているのだから。
 だが、和は首を振った。
「そんな、日織に頼む訳にはいかないよ。だって、誰が狙われているかとか、見立てはどんなのとか、考えているのは僕だし。最後まできちんとするべきなんじゃないかって思うんだ。それに、日織だって犯人に狙われているんだし、危険な役目を押しつけて、何かあったら嫌だし」
「じゃあ、それで一人で行った訳だ。日織にも言わずに」
「だ、誰が狙われているかは知ってるよ。でも、僕に何かあったら、僕が調べていることを知っているの、日織だけだし」
「……万が一の保険だとしても、そんな怖い状況想定してんのかよ、お前」
「し、仕方ないだろ。怖いんだから」
「お前な……」
 まるで、自分が死んでしまった場合の事を、視野に入れているみたいじゃないか。そう考え、椿は自分も恐ろしいことを考えていることに、寒気が走る。そうだ、犯人にとっては、和が一番邪魔な存在なんだ。犯行の邪魔をされ、煩わしいだろう。今はまだ無事だが、もしかしたら凶刃が、和に向けられる可能性だってある。
 嫌な可能性に、椿は前で合わせていた手をぎゅっと握りしめた。


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