ウェブ拍手お礼小話第8段 やってみる33のお題 その1 配布元

拾ってみる
与えてみる
一緒に食べてみる
観察してみる
連れ出してみる




 


拾ってみる


 ルクレティアの頼みで遠方へ行ってきたカイルは、ようやくするべき事を終え久しぶりにフェリムアル城へ帰った。
 報告を済ませて、早々に部屋へと下がらせてもらう。一仕事を完遂して安堵したせいか、溜っていた疲れが今になって身体に重たくのしかかった。
 部屋に戻り剣を壁に立て掛けると、鎧を脱ぐ。胴部分を机に置くと、その弾みか、ばさりと床に何かが落ちた。

「………本?」

 全くそこにそんなものを置いた覚えがない。そもそもカイルの部屋に本はないのだ。としたら、他の誰かの物になる。
 まさか誰かが勝手に部屋に入りこんだとか。疑問に眉根を寄せながら、カイルは拾った本を広げて読んでみる。
 そこに書かれていたのは、遥か北の国、赤月帝国の有り様が書かれていた。軍事的ではなく――所謂紀行もの。その国がどんな所か、作者の目から見た感想がこと細やかに記されている。
 数行読み、カイルはすぐに本の持ち主を割り出した。着替えを済ませ、落ちてついた汚れを丁寧に手で払い落としてから、部屋を出る。迷いなく広い城を歩いて目的地につくと、軽く二回、扉をノックした。

「――ティー様、カイルです。入っていいですか?」

 暫しの間が開いて「どうぞ」と声が返りカイルは部屋に入った。机に向かっていたティーが、久しぶりのカイルに席を立って出迎える。

「お帰りなさい。仕事お疲れ様」
「ありがとうございます。そう言っていただけると
頑張った甲斐がありましたよ」

 ねぎらいに目を細めるカイルに「でもどうして?」とティーは首を傾げた。

「今日はもう休むって、ルクレティアから聞いたけど?」
「これを拾ったので届けに来ました」

 カイルが差し出した本に「あっ」とティーは目を丸くして口元を押えた。

「やっぱり、これティー様のだったんですね」
「う、うん………」

 ティーはどぎまぎしながらも本を受け取る。そっと指で表紙を撫で「置いてきちゃったんだね、僕」と呟いた。

「じゃあ、ティー様オレの部屋に来ってことですか」

 部屋の主はいないのに。

「どうしてです?」
「…………」

 ティーは本を自らの顔の高さに上げ、カイルの視線を阻んだ。だが、カイルが少し背伸びすればすぐ分かる。俯きがちになっているティーの頬が、ほんのり赤くなっているのが。

「ティー様?」
「その………あんまりカイルの帰りが遅いから……」
「…………」

 カイルは何となく分かった気がした。恐らくは仕事が終わらず帰ってこない自分に対しての寂しさを、部屋に行って紛らわしてしたのだろう。あそこなら、多少は残り香が至る所にある。加えてその場所で好きな本を読み、心を落ち着かせていたのだろう。
 カイルは思わぬいとおしさに胸を突かれ、ティーの手から本をそっと取って机に置く。遮るものが無くなって慌てる恋人の身体を引き寄せ、抱き締める。

「遅くなってごめんなさい。今度からはなるべく早く戻ってきますね」

 呟き、頭頂部に顔を埋めるカイルの吐息に身を捩らせ、ティーは逡巡しながら「………頼むよ」と広い胸に頭を凭れさせた。

「あんまり寂しいのは、嫌だから」
「――はい」


拍手ありがとうございました!




 



与えてみる


 姿を見つけるなりカイルは、主人に懐く犬の顔をして「ティー様これあげます」と小さな紙袋をティーに手渡した。咄嗟に受け取ってしまったティーが口を広げると、中には色とりどりの金平糖が詰まっている。

「それ、保存が効きますから。好きな時や読書のお供にどーぞ」
「あ、ありがとう……」

 礼を言いながら、ティーの頭に疑問が過る。先日はチーズケーキ。その前は紋章球。さらにその前は喉から手が出る程欲しかった本――――。
 カイルはことあるごとにティーに贈り物をする。だがその逆の立場になる回数は、すぐ数え終えられる位に少ない。
 中には値の張る贈り物もあった。これでは割にあわないんじゃないだろうか、とティーは申し訳なくなってしまう。
 考え込むティーとは対称的に、カイルは笑顔だ。損得など全く考えていない表情。きっとこっちが考えているみたいに、思っていないのだろう。
 だがティーは敢て聞いてみた。

「カイルは何か欲しいもの、ある?」
「どうしてです?」
「だってほら、いつも僕ばっかり貰ってばかりじゃない? だから何かお返ししないと悪いなって」
「そんなの気にしないでくださいよー」

 カイルはあっさり言って首と手を振った。

「オレは貴方にあげたくて、好きでやってるんですから」
「……でも」

 納得出来ず、ティーは眉根を寄せる。すぐに「ティー様」とカイルの指が伸び、眉間に刻まれた皺を、優しく擦って伸ばす。

「そんな顔、しないでくださいよ」
「だって僕貰ってばっかり」

 与えてもらってばっかりで、でもこっちはカイルに何も与えられない。それは不平等ではないか。
 だがカイルは「いいんですって」と穏やかに首を振った。

「そんなに気になるんなら、笑ってください。またオレが何かあげる時に」

 そうすれば、どんなに値が高く財布が寒くなったって、ティーが喜んでくれれば心は暖かくなる。花みたいに表情を綻ばせてくれれば、贈って良かったと思えるのだ。
「ね」と片目を瞑るカイルをティーはきょとんと見つめ、そして絆されて笑う。

「――ありがとうカイル。良かったら一緒に食べよう」
「喜んで」



拍手ありがとうございました!


 


一緒に食べてみる



 レストランで新作のデザートがメニューに加わった。生クリームと果物をふんだんに使ったケーキで、上にはドレミの精を意識したような、音符のチョコが乗っている。良かったら、とレツオウからそのケーキを貰い、ティーは上機嫌で礼を述べながらテーブルについた。
 新メニューは始まったばかりの頃は注文する人も多く、すぐ品切れになる。ティーが買いに行ったら、売り切れてしまいました、とすまなそうにレツオウが謝る事も何度かあった。
 そのせいか、気を効かせてくれたレツオウにティーは感謝する。さっそくフォークを手にして、ケーキへと刺し入れた。山の形に積み上げられた果物が零れないよう、注意しながら口へ運ぶ。

「――――っ」

 声にならない美味しさが口に広がった。甘過ぎずさっぱりしていて、後味もいい。やっぱりレツオウの作るものはとても美味しい、とティーは幸せに頬を緩めた。これならすぐ品切れになるのも当たり前だろう。

「すっごい幸せそうな顔してますねー、ティー様」

 コーヒーを持ったカイルが「隣、いいです?」と尋ねてくる。二口目を頬張りながらティーが頷くと、カイルは座って肘をつき、初めてのケーキを珍しそうに見た。

「もしかしてそれ、レツオウ殿の新作ですかー?」
「うん。スポンジもふわふわしてて、それに、それにね……」

 美味しさを表す言葉が見つからない。表現が一言では言い表せず、ティーはフォークを握りしめ唸った。
 カイルはコーヒーを飲みながら、難しく考え込むティーを忍び笑う。甘いケーキはティーの素顔を引き出せる、魔法の道具みたいだ、と思った。

「そうだ」

 何か思い付いたらしいティーが、フォークを皿に置いて、そのままカイルの方へと押しやった。カイルは差し出されたケーキを前に首を傾げ、コーヒーを机に置いて尋ねる。

「ええっと、何です?」
「カイルも食べてみてよ」
「いいんですかー?」

 カイルはティーの気遣いに戸惑った。せっかくの新作だ。ティー一人で全部食べてしまえばいいのに。自分はケーキを頬張るティーを見ているだけでお腹が一杯になってしまうから。

「いいよ。だってカイルにもお裾分けしたいもの。ほら」

 有無を言わさず、ティーは更にケーキをカイルの方へ押しやった。一人より二人で美味しい幸せを分かち合った方が、何倍も良い。

「食べて」
「……じゃあ、オレのコーヒーもあげますよ」

 とうとう根負けして「一緒に食べましょうか」と差し出されたカップをカイルから受け取り、ティーは幸せに染まった顔で笑った。 



拍手ありがとうございました!


 

 


観察してみる


 黙っていれば、かっこいいのにな。
 ティーは、道場で鍛練に明け暮れているカイルを見て、しみじみ思う。軟派で優男、なんてイメージが仲間内で強い為、あまり修行とかしなさそうと考えられがちだが、それは違う。彼は自身の大切なものを守る為に、努力を惜しまない。ふと姿が見えなくなると、大抵道場に足を向ければ、必ずカイルはそこにいた。
 女王騎士ではなくレルカーに赴いた時の服装で、カイルは剣を振う。独特の形で、まるでまうような剣捌き。以前やってみたいとティーが零した時「これ殆ど我流ですし、変な癖がついちゃうから駄目です」とやんわり止められたが、やはりかっこいいと思ってしまう。カイルはその剣術で、何度もティーを守ってきた。
 入り口に立って観察していても尚、カイルは気付かない。いつもの優男らしさは消え失せ、凛々しさが際立った。改めて恋人の違う一面に、ティーはどきどき高鳴る心臓を押える。
 カイルの動きが止まった。姿勢を整え、一度熱気を払うように剣を振る。刃を鞘に収め、上がった息を深呼吸で落ち着かせている最中に、突如横から聞こえる拍手に驚き、肩を強張らせた。

「………ティー様」

 見られていた、とようやく気付いたカイルは、照れて頬を掻く。

「もう来てたなら声かけてくださいよー」
「だってせっかく集中してたのに、邪魔しちゃいけないでしょ?」
「恥ずかしいんですってばー」

 らしくない所を見られ、カイルは両手で顔を覆い隠し、大袈裟に照れる。さっきまでの凛々しさは何所かへ消え失せ、今の彼はどこかいじりがいのある犬の様だった。
 思わずティーは「なんかカイルかっこわるい」と吹き出す。

「ええっ!」

 顔を勢い良く上げ「そんな事言わないでくださいよ。オレ哀しいです!」とカイルは訂正を求め、ティーに抱きつき反論する。幼稚な反応を見せる辺り、そう言われる原因だと知る由もない。
 でも。

「そんなかっこわるい貴方を僕はいいと思うんだよ」

 朗らかで明るくて、温かな光を自分に与えてくれた。そんな彼がティーは好きだった。ずっと真剣なカイルなんて、彼らしくない。

「………今、なんて言いました?」

 ひとり騒いでいたせいで聞き取れなかった台詞を、カイルは聞き返す。だがティーは「何でもない」とカイルの身体を押して引き剥がすと「久しぶりに手合わせしよう」と誤魔化した。


拍手ありがとうございました!





 


連れ出してみる


「どうして僕は、こんな所にいるんだろうね」

 ティーは憮然と頬を膨らませた。書庫から持ってきた本を手に、辺りを見回す。
 そこは太陽宮の庭にある、開けた場所だった。しかし辿り着くには狭い植木の間を通らねばならず、ティーの服は汚れてしまっている。本を借りに行くだけで服が汚れるだなんて。世話役の女官が見たらさぞ驚くだろう。

「答えて、カイル」

 厳しい物言いに、到着するなり地面に寝転がったカイルは「えー?」と頭をのけ反らせ、立ったままのティーを見た。

「ひなたぼっこですよー」

 にっこり笑い、自分の隣をぽんぽん叩く。

「今日はすごくいい天気ですし。風もあったかい。昼寝日和じゃないですか。一緒に寝ましょうよ」
「………作法の勉強があったんじゃないの?」

 ガレオンが捜していた筈だ。そうティーが言えば、カイルの笑みが引き攣った。古参の女王騎士を恐れている所を見ると、この女王騎士見習いは勉強をサボってしまったらしい。ティーを巻き添えにして。
 ティーは溜め息をついて呆れた。

「……ったくガレオンの雷が落ちてもしらないよ」
「ま、まぁ良いじゃないですか! 今はひなたぼっこしたいんです。しましょう。せっかくここまで来たんですし」

 何がここまで来たから、だ。自分がここにいるのはカイルのせいだろう。ティーは口を尖らせながら、仕方なくカイルの隣に腰を下ろした。拒否しても、カイルはしつこく食い下がってくる。早いうちに言う事を効いてあげた方が、後々面倒がない事をティーはこれまでの付き合いで学習していた。
 さわさわと木々の葉を揺らして風が吹く。じっとして吹かれていると、カイルの言う通り陽射しが心地よく、油断したら寝てしまいそうになる。

「気持ちいいでしょー」

 自分のことみたいにカイルは鼻を高くした。頭を枕にした腕に乗せ、空を眺める。

「ティー様は部屋に篭りすぎです。たまにはこうやってお日さまに当らないと身体に毒ですよ」
「別に篭りすぎだなんて」
「オレから見たらそうなんです。――ほら」

 カイルは腕を伸ばし、ティーのそれを掴んだ。驚
くティーを余所に、そのまま手前に引いて、自らの横に寝ころがせる。頭が地面につかないように腕枕をして、間近に見える顔に笑いかけた。

「たまには、何にも考えないで寝ましょうよー」

 強引だ。ティーはむっとした顔を作りながらも、内心は満更でもなかった。こんなに気持ちいい日なら、空の下で寝るのも悪くない。
 ガレオンがカイルを見つけたら、少しだけ助け舟を出そうかな。
 そう思いつつ、ティーは降り注ぐ優しい陽射しに身を委ねて、そっと瞼を閉じた。



拍手ありがとうございました!