拾ってみる
ルクレティアの頼みで遠方へ行ってきたカイルは、ようやくするべき事を終え久しぶりにフェリムアル城へ帰った。
報告を済ませて、早々に部屋へと下がらせてもらう。一仕事を完遂して安堵したせいか、溜っていた疲れが今になって身体に重たくのしかかった。
部屋に戻り剣を壁に立て掛けると、鎧を脱ぐ。胴部分を机に置くと、その弾みか、ばさりと床に何かが落ちた。
「………本?」
全くそこにそんなものを置いた覚えがない。そもそもカイルの部屋に本はないのだ。としたら、他の誰かの物になる。
まさか誰かが勝手に部屋に入りこんだとか。疑問に眉根を寄せながら、カイルは拾った本を広げて読んでみる。
そこに書かれていたのは、遥か北の国、赤月帝国の有り様が書かれていた。軍事的ではなく――所謂紀行もの。その国がどんな所か、作者の目から見た感想がこと細やかに記されている。
数行読み、カイルはすぐに本の持ち主を割り出した。着替えを済ませ、落ちてついた汚れを丁寧に手で払い落としてから、部屋を出る。迷いなく広い城を歩いて目的地につくと、軽く二回、扉をノックした。
「――ティー様、カイルです。入っていいですか?」
暫しの間が開いて「どうぞ」と声が返りカイルは部屋に入った。机に向かっていたティーが、久しぶりのカイルに席を立って出迎える。
「お帰りなさい。仕事お疲れ様」
「ありがとうございます。そう言っていただけると
頑張った甲斐がありましたよ」
ねぎらいに目を細めるカイルに「でもどうして?」とティーは首を傾げた。
「今日はもう休むって、ルクレティアから聞いたけど?」
「これを拾ったので届けに来ました」
カイルが差し出した本に「あっ」とティーは目を丸くして口元を押えた。
「やっぱり、これティー様のだったんですね」
「う、うん………」
ティーはどぎまぎしながらも本を受け取る。そっと指で表紙を撫で「置いてきちゃったんだね、僕」と呟いた。
「じゃあ、ティー様オレの部屋に来ってことですか」
部屋の主はいないのに。
「どうしてです?」
「…………」
ティーは本を自らの顔の高さに上げ、カイルの視線を阻んだ。だが、カイルが少し背伸びすればすぐ分かる。俯きがちになっているティーの頬が、ほんのり赤くなっているのが。
「ティー様?」
「その………あんまりカイルの帰りが遅いから……」
「…………」
カイルは何となく分かった気がした。恐らくは仕事が終わらず帰ってこない自分に対しての寂しさを、部屋に行って紛らわしてしたのだろう。あそこなら、多少は残り香が至る所にある。加えてその場所で好きな本を読み、心を落ち着かせていたのだろう。
カイルは思わぬいとおしさに胸を突かれ、ティーの手から本をそっと取って机に置く。遮るものが無くなって慌てる恋人の身体を引き寄せ、抱き締める。
「遅くなってごめんなさい。今度からはなるべく早く戻ってきますね」
呟き、頭頂部に顔を埋めるカイルの吐息に身を捩らせ、ティーは逡巡しながら「………頼むよ」と広い胸に頭を凭れさせた。
「あんまり寂しいのは、嫌だから」
「――はい」
拍手ありがとうございました!
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