ウェブ拍手お礼小話第7段 story in the bed
シグレ編
カイル編
王子編



 


story in the bed シグレ編


 事務所の奥にある休息所を覗くと、並んでいる寝台の一つに毛布の山が出来ていた。その端からは茶色い髪がはみだしていて、枕元にはキセルが無造作に置かれている。
 恐る恐るティーは足音を殺して寝台に忍び寄る。そこには頭まで毛布を被ったシグレが眠っていた。いつもだったら近づくとすぐ気がつくシグレだが、今日は起きる素振りを全く見せない程、その眠りは深い。

『シグレ君、最近仕事頑張ってるみたいで疲れているんですよ』

 ティーの調査依頼を引き受けたオボロは、そう優しい父親の顔をしていっていた言葉を思い出す。そのままの表情をティーに向け、笑みを深くした。

『殿下の、お力になりたんでしょうね』

 頬が熱くなり、ティーは咄嗟に手で押えた。オボロの言葉は、面と言われてしまうととても恥ずかしいものに聞こえる。シグレ自身、そんな事を口が裂けても言わないから。
 確かにシグレは良く働いてくれる。めんどくさいとか、ダルいとか。文句を口に出しつつも、サボった事は一度もなく、また遠征のメンバーに頼んだ時もまた同様だった。
 度重なる遠征に、探偵業。
 疲れるのも無理はない。
 ティーはそっと手を伸ばして、起こさないようおっかなびっくりシグレの頭を撫でた。茶色の髪は触り心地が良くて、意外に柔らかい。初めての感触に、ティーは顔を綻ばせる。だが、気配に聡いシグレ相手だと、こんな些細な事でも油断は出来なかった。下手に起こして休息を阻害したくはない。

 無理、しないで。

 名残惜しく一撫でし、もう帰ろうとティーが手を引っ込めかけた時、いきなり毛布から手が伸びてきた。ティーの腕を掴み、もぞもぞと毛布が動く。
 ふああ、と気怠るい欠伸を掻いて、シグレが起きる。

「……何だ、帰るのか?」
「あ………、うん」

 本当は帰りたくなかったけど。頭に浮かんだ言葉を飲み込み、ティーは作った笑顔で頷いた。

「寝てるのに邪魔してごめん。もう行くから、ゆっくり眠って--------」

 シグレが力任せにティーの腕を引く。バランスを崩し、前に傾いたティーは、そのままシグレに受け止められ、共に寝台に倒れ込む。シグレの上に乗っかって抱き締められている状態に、ティーの心臓は飛び跳ね真っ赤になった。
 そんなことを気にしないまま、シグレは器用にティーの靴を脱がし床に放る。そして毛布の中に引き込むと、ティーを逃がさないようにしっかり腕の中に閉じ込めて抱き締めた。

「シッ、シグレッ!!」
「どうせお前も寝てないんだろ」

 耳元で眠そうな声が囁いた。

「丁度いいからお前も寝とけ」
「ちょ-----」

 ティーが言い返すより早く、シグレはすとんと眠りに落ちた。なのに抱き締める力はそのまま。ティーが逃げ出すのは到底無理だった。
 シグレの言う通り、ティーはあんまり眠っていない。だけど、こんな状況で眠れる程に剛胆ではない。
 抱き締めている温もりが心地よいのか、シグレが擦りよってくる。長い髪に首筋をくすぐられ、ティーは助けを呼びたいけども、でもシグレを起こしたくない心情もあってどうしようかと困り果てた。
 すごく、心臓がうるさい。
 シグレの抱き枕状態に、今だったら恥ずかしさに死ねそうだ、とティーは思った。


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story in the bed カイル編


 寝台の近くにある脇机の灯りに照らされた書類を眺め、ティーはふと自分の隣に視線を移した。
 仰向けになっているカイルが、ティーと同じように目線を向けている。目が合って、カイルはこそばゆく笑った。

「………まだ起きてたの」
「はい」

 呆れたティーの問いに応え、カイルはごろりと寝返りを打った。並んでティーに寄り添い、その肩口に頭を凭れる。軍主だからとティーの部屋に誂えられた寝台は大きく、二人並んでも十分な余裕がある。一人で寝るには広すぎて、シーツに身体を滑り込ませると冷たい、と感じた時もあったが、こうしてカイルが寝に来ると、それとは正反対のことをいつも思う。

「もしかして、眠れなかった?」

 煌々と光る灯りは眠りを阻害するには十分だろう。瞼を閉じても白さが突き抜けてくる。

「----消そうか?」

 灯りに手を伸ばして訊ねるティーに、カイルは「いいえ」と首を振る。

「寝るのがもったいないから起きてるんです。オレ」

 きょとんとティーは目を丸くして「どうして?」と首を傾げた。今日も忙しい一日だったから早く休むべきだろう。明日もきっと忙しい。

「それはですね----」

 カイルは勿体ぶった口調でゆっくり言う。

「寝ちゃったら、次目が覚めるともう朝になるじゃないですか。せっかくティー様と一緒にいられるのに、すごく勿体ない。出来る事なら一晩中起きたままで貴方を見ていたいんですから」

 大きく口元を上げてにっこり笑うカイルに、ティーは「それはちょっと困る」と吃った。

「僕が眠れなくなっちゃうよ、そんな事をされたら」

 こうやって寄り添っているだけでも恥ずかしくて、顔から火が出そうなのに。
 ティー様かわいい。
 カイルが耳元で囁いた。どこか面白がっているような声が、それでも甘い響きとなってティーの脳に疼きを齎す。
 うわあ、と悲鳴じみた声を上げ、ティーはカイルから大きく後ずさった。
 後ろ手についた手がシーツを滑り寝台から外れる。がくんとティーの身体は後ろへ倒れ込み、頭から石床に落ちかける寸前でカイルが引っぱり上げた。
 勢い良く、ティーはカイルの胸に飛び込む。突然のことに、二人の心臓は早く脈打っていた。

「びっ…………くりした………」
「………オレもですよ。あっぶねー………。後少しで色んな人から、色んなお叱りを受けるところだった………」
「うん………、そうだね………」

 そのまま二人は抱き締めあったまま、じっと動かない。時間が経ってようやく驚きが通り過ぎれば、次に可笑しさが込み上げて来た。何だかさっきのことが滑稽で、思わずティーは笑ってしまう。
 肩を震わせて笑うティーに、カイルは一瞬怪訝な顔をしたが、楽しげな表情にやがてつられて笑う。

「……寝ましょっかー。明日も早いですし」
「そんなこと言って、僕の寝顔とかこっそり見ないでよね」
「分かってますって」

 カイルはティーを寝かせて、毛布を肩までかける。灯りを消すと、ティーの隣に横たわり、間近で二人は見つめあった。

「おやすみ」
「はい、おやすみなさいティー様」

 いいゆめを、みてくださいね。

 そう言ってカイルは、閉じられた瞼にやさしくキスを落とした。


拍手ありがとうございました!


 


story in the bed 王子編



「どうしたんですか?」

 腕枕をしてあげているティーの呼気が未だに浅く、カイルは銀糸の髪を指で梳きながら寝ているはずの恋人に訊ねた。一瞬の間が空いて、躊躇いがちに開かれた瞳は戸惑いつつカイルを見上げる。
 じわりと寂しさが滲んで消えた。唇を引き結んで、ティーはカイルの胸に顔を埋める。

「本当にどうしたんですか。怖いことでもあったんですか?」

 慌ててカイルが問いかけると、ティーは顔を伏せたまま「違う」とくぐもった声で否定した。細い手が、カイルの服を掴んでいる。まるで引き剥がされてしまうことを恐れているように。

「……嫌なことがあったんじゃなくて。ただ眠るのが嫌なんだ」

 カイルの反応が怖くて、ティーは視線を落とす。
 もし今が夢だとして、眠ってしまったらまた別の現実で目覚めてしまうかもしれない。傍に大切で大好きな存在がいることで満たされる幸せが消えて、胸にぽっかり穴が空いてしまう空虚さに一人泣いてしまうだろう。
 他人に聞いたらバカげたことを、と笑い飛ばせるだろうが、ティーはたまに本気でそんな考えが頭を過っていた。
 真剣にそう考え、不安を膨らませる程に幸せで。
 幸せすぎて、終わってしまう時が、とても怖い。

「-----傍にいます」

 上から声がしてカイルがティーを抱き締めた。そして眠れない幼子をあやす手付きで優しく背中を叩く。

「オレがこうして抱き締めてあげます。もしうなされたりしたら、すぐ助けに行きますから」
「-----どんなところでも?」
「ええ」

 即答にティーの心は嬉しさに温かくなった。カイルがそう言ってくれたら、本当に来てくれそうだと思う。なんて頼もしい。

「オレはいつだって、ティー様の傍にいますから」
「…………うん」

 頷きながらティーの意識は緩やかに落ちていく。さっきまで心を占めていた寂しさや怖さは、与えられる温もりに塗りつぶされた。

「いてね。……ぼくのそばにいて。カイルのそばは、すごく、あんしん……する……から……」

 途切れ途切れの声にはい、とカイルが呟きティーの額にキスを落とす。抱き締める腕の力が心地よくて、ティーは微笑み眠りに落ちた。

 夢は見ないですみそうだった。


拍手ありがとうございました!