ウェブ拍手お礼小話第6段

ある1日
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 瞼の裏からも尚、白く突き刺す眩しさに、ティーは緩やかな微睡みから意識を浮上させた。だけど覚醒し切れておらず、ぼんやりとした目で寝返りを打ち、目線だけを窓に向ける。
 陽は既に高く昇っていた。どうやら本を読み更けている間に眠ってしまったらしい。シーツに投げ出した手の近くに、開かれたままの本が無造作に置かれていた。
 ティーは目が覚めたばかりで重たい身体を何とか起こし、本を閉じて脇机に置いた。乱れた毛布を簡単に直し、瞼を擦る。
 今日もやらなければいけない事が沢山ある。だが身体は正直で、疲れや寝不足を訴え、休息を欲しがっている。このまま横になったら、またすぐに眠れそうだった。
 起きなきゃ駄目だって。ティーはうとうと閉じかけていた瞼を無理矢理開き、頬を叩く。なのに、眠気はなかなか引いてくれない。

「おはようございます、ティー様」

 カイルが部屋に入ってきた。きっちり朝の身支度を終えていて女王騎士の姿のカイルは、未だに寝巻きのまま寝台に座り込んでいるティーに「まだ起きたばっかりですねー」と薄く笑う。叔母のサイアリーズと同じで、彼もまた朝に弱い事をカイルは知っていた。起きる時、寝ぼけて起こしに来る人間に怪我をさせない分、彼の方がマシだと言う事も。
 寝台に近づき、カイルは眠気に負けて舟を漕いでいるティーの肩を軽く揺さぶる。

「起きてくださいティー様。もうそろそろ起きないと、後が辛くなりますよ」
「ぅ……ん」

 頼り無い返事をするが、一向にティーは完全に起きる気配を見せない。銀髪が覆い隠された顔を覗き込むと、その瞼は殆ど閉じているのと同じだった。

「困ったな……」

 カイルはティーを見下ろし、がり、と頭を掻く。嫌な事だが、ティーは毎日何らかの仕事に追われている。少しは休ませてやりたかったが、そうすると後で仕事の量が溜り、どちらにしろそれをこなしていかなければならない。ならば、毎日無理のない量をした方がまだ良い。
 仕方ない、とカイルはティーに「じゃあ服持ってきますから。それ脱いでおいてください」と準備を促す。チェストまで行って戻ってくる短い時間の間、ティーは寝ぼけ眼のままきちんと服を脱いでカイルを待っていた。
 器用だと思いつつ、カイルは少し切なくなる。ちゃんと起きている時も、こんな風に素直だったらな。
 叶わない望みだと内心涙しつつ、カイルはティーに服を渡した。
 半分寝ながらも着替えるティーを、カイルは壁に凭れてじっと見つめる。こういう状態の時は記憶が曖昧になるティーなので、露になる肌を穴があく程見つめても怒られない。風呂か閨を共にする時にしか見られないティーの肌を存分に見られる良い機会だった。

 あ、まだ残ってる。

 朝の陽射しに照らされて、白い肌に咲く赤い痕に、カイルはこっそり笑った。


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 外に出る為、ティーはカイルに護衛を頼んだ。リオンはまだドルフに刺された傷が癒えてなかったし、ミアキスもまた、ルクレティアに別件で仕事を頼まれている。
 呼ばれたカイルは久しぶりにティーの護衛が出来るとあって、とても嬉しそうな足取りでやってきた。逆にティーは少し恥ずかしくなる。そこまで自分の護衛をする事が光栄だと思ってくれるなんて。大切にされている事実に照れくさくなる。
 久しぶりなのはティーも同じだった。緊張しながらティーは肩ごしにカイルを見て「じゃあ行こうか」と言った。カイルも「ええ、行きましょう」と頷く。
 それだけの短いやり取りなのに何故だろう。すごくティーの胸はドキドキする。そして、僅かに速く脈打つ心臓に気付いた。
 そう言えば、カイルが僕の後ろを歩くのも久しぶりだ、とティーは唐突に思い出す。いつもは前を行き、戦闘に入ればいつも自分の盾になってくれる。そしてティーは、金色の髪が揺れる髪や広い背中を、いつも見つめていた。
 ならカイルは今、僕の背中を見つめているんだろうか。そう考え、途端に視線が気になってしまう。ちくちくと視線が刺さっているような気にまでなってしまい、自意識過剰な自分に呆れる。

「で、今日は交易でしたよね。何処から回るんです?」

 いきなりカイルの声が心にぶち当り「ひゃっ!」とティーは大きく肩を跳ね上げ驚いた。まさか声を掛けてそこまで驚くとは思ってなかったカイルは、目を丸くする。

「……オレ、変な事言いました?」
「言ってないけど……」

 心臓にとても悪い。声が後ろから聞こえる度に、こんなに驚いたら身が持たなくなってしまう。
 ティーはカイルと向き合い「カイルが前を歩いてよ」とその手を引いて、無理矢理自分の前へと押し出した。首を捻りながらティーを見ると、彼は安心している様だった。何故自分が前に立つ事で、ティーはそんなに安心しているのか。
 だけどカイルはティーに、その疑問を口に出さなかった。言ったところで答えを言うとは思えない。なら、言わない方がいいのだろう。ティーも安心している様だし。

「じゃあビッキーちゃんのところに行きましょうか」
「うん」

 歩き出すカイルの後ろを、ティーはついていく。その広い背中を見つめ、安心しつつも高鳴る心臓をそっと押えた。


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 銀髪の鬘を被り、ロイはフェリムアル城を歩いていた。ティーが何らかの用事で外に出ている時、仲間として同行する場合を除いて、ロイはティーの姿に成り済ます。顔だちがそっくりな上に、最近ではティーのさりげない仕草まで真似るようになって、ますます本物の王子との見分けがつきにくくなっていた。きっと今ここにいる自分をロイだと、殆どの人間は見破れないだろう。
 ティーの名前を呼ぶ兵士に笑顔で手を振り、心ではちょろいもんだ、と舌を出す。このままやっていけば、入れ替わってもバレないんじゃないか、と言う考えが頭を過るが、それはリオンやカイルがいる限り無理な話だった。
 叔母のサイアリーズすら騙せたのに、あの二人だけはどうしても目を欺けられない。

「----なんだ、ここにいたのか」

 それにこいつも。
 ロイは現れたシグレをぎっと睨み付ける。包みを手にして、シグレは「探したぜ」とぼやいた。

「フヨウさんから押し付けられたもの、渡しに来た」

 睨まれていてもちっとも気付かず、シグレは言う。余裕たっぷりの物腰に、ロイはどうにも苛立つ。

「え、本当?」

 口元を引き攣らせながら笑い、ロイはシグレに包みを渡せと手を伸ばす。シグレは差し出された手を見つめ「ああ」と包みを渡した。受け取り口を広げて見てみると、焼き立ての菓子が入っていた。香ばしい匂いにロイは唾を飲み込む。

「ありがとう。いただくね」
「ああ」

 それ以上は興味がない、と言わんばかりにシグレは欠伸を掻いた。気怠る気に踵を返して歩き出す。
 せいせいするぜ。ロイはシグレの背中に大きく舌を出した。一々カンに触る事ばかりする男だ。どうしてティーはあんな男に好感を持つのかよく分からない。

「……あ、そうだ」

 いきなりシグレが立ち止まり振り向いた。慌てて居ずまいを正し「な、何!?」と驚きながらロイは聞き返す。

「ティエンはそんなガキっぽい事はしねえよ。影武者するなら、もっとうまくなれや」
「なっ………!」

 絶句するロイにひらりと手を振って、シグレは歩いていく。ロイは一人怒りに顔を赤くして、叫んだ。

「あーもー、ムカつくなホントによ!!!!!」

 ロイがシグレを騙せるようになる日はまだまだ遠い。


拍手ありがとうございました!
ちなみに、うちのロイの変装をいつも完全に見破るのは
リオン カイル シグレ サギリ の4人です。




 




 ロイが叫んでいる頃、交易で様々な街を巡っていたティーとカイルは、レルカーの街で休みを取る事にした。食堂などは、カイルの昔を良く知る住民が必ずと言っていい程寄ってくるので、それらを避けるように、西の中州の端にある、静かな小島を場所に選んだ。
 二人は並んで座り、カイルが予め買っておいた饅頭とお茶を手にする。

「西の中州、復興が進んできてるね」

 嬉しそうなティーに、カイルも「そうですねー」と頷く。一回は炎に包まれた西の中州は、レルカーに残った住民達の懸命の作業で少しずつ元の形へ直ってきている。一ヶ月やそこらですぐ、は無理だろうが、いつかは美しい街並を取り戻すだろう。どんなことがあっても、レルカーを離れなかった人たちだ。時間が掛かっても、必ず成し遂げるだろう。

「オレもうれしいですよ」
「やっぱり生まれた場所だから?」
「そこは微妙なところなんですが」

 昔は片っ端から女を口説き、売られた喧嘩を買い、挙げ句の果てには領主の娘に手を出してレルカーに居られなくなった身だ。あれから十年経っているのに、戻った途端未だ悪名高い頃の因縁をつけられてしまうし、女王騎士だと分った今でもそれは変わらない。実のところ、あんまりレルカーには来たくないな、とカイルは思っていた。
 ティーがいるからこそ、だ。

「じゃあ、どうして嬉しいの?」
「それは……」

 頭に浮かんだ言葉に一瞬躊躇しつつ、カイルは勢いに任せて、それを言う。

「ティー様が笑ってくれるから、嬉しくて、レルカーの復興が進んで良かったな、って思ってるんです」

 うわー、何言ってんだろオレ。自分で言った台詞が恥ずかしくて、カイルは赤くなった頬を掻く。
 ティーはカイルの言葉を聞きながら、頬張っていた饅頭を噛んで飲み込み「僕はね」と呟いた。

「僕はここがカイルの故郷だから。レルカーを守れて、復興が進んで、嬉しいって思っているよ」
「……ティー様」

 言った言葉に恥ずかしくなったティーは、それを紛らわせるように饅頭にかぶりつく。思っていなかった事を言われ、カイルも返答に詰まり、横のティーを変に意識してしまう。
 こんないい雰囲気。いつもなら、肩を抱き寄せキスを落とすにもうってつけだが、物陰に潜む気配のせいで出来そうもない。どうやらレルカーの人間には、自分はファレナの王子に手を出した不届き者だと思われているようだった。否定はしないが。
 ティーの細い肩に手を回したい衝動を抑えながら「いい天気ですねー」とカイルは空を見上げた。


拍手ありがとうございました!
レルカーでは『王子をカイルの魔の手から守る会』が発足してます(笑)




 




 一日飛び回り続けたお陰か、交易の成果も上がり、ポッチの入った袋の重みに「これでもっとみんなの武器を鍛えられる」とティーは満足してフェリムアル城に戻った。
 ビッキーの近くで待ち構えていた、自分と同じ姿のロイが「ほらよ」と包みを押し付ける。中を覗き込むと焼き菓子が一つ入っていた。

「ちゃんと渡したからな!」

 怒って言い、そのままロイはいら立ちながら去っていく。どうして怒っているのか分からずに、ティーとカイルは顔を合わせて首を捻る。

「なんで怒ってるんだろ」
「さぁ?」

 考えても答えは出ないので、二人はチャックにポッチを預け、ルクレティアに報告を済ませる。そうして食事や入浴を終わらせてしまえば、後は二人の時間だ。

「外、歩きません?」

 カイルがティーに尋ねてきたのは、リオンの見舞いをして医務室から出た時だった。

「いつもはえれべーたですけど、たまにはのんびり歩きません?」
「……そうだね」
「行きましょう」

 カイルとティーは手を繋いで、円堂に続く扉から外に出た。満面の星が煌めく夜空が二人を出迎える。思わず立ち止まり空を見上げるティーに、カイルは優しく目を細めた。久しぶりに、ちゃんと起きている時に軍主ではない、年相応の少年の顔を見れた。

「ここよりももっと上からの方がすごいですよー」

 確信めいて言うカイルに連れられて、円堂を上がっていく。そのまま船着き場へ続く広場で立ち止まった。
 ティーは息を飲む。
 夜空に浮かぶ星たちと、セラス湖に映り込む同じ光。こうして立っていると、まるで星空の中に浮かんでいるみたいだった。幻想的な光景に、時間も忘れて魅入ってしまう。

「今日もお疲れ様でした」

 カイルが言う。

「明日も、頑張りましょうね」

 うん、とティーは頷く。例え明日が辛い日でも、カイルが居れば平気な気がした。

「がんばるよ」

 ティーはそう言って爪先立ちになると、近くなったカイルの唇にキスを落とした。


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