ウェブ拍手お礼小話第5段
暑中お見舞い申し上げます 暑いのが苦手な王子編

ロイ編
シュンミン編
シグレ編
カイル編




 

ロイ編


 フェリムアル城の最上階にある封印の間。そこへ続く広場の片隅に、足が二本伸びていた。爪先が揺れて止まるを繰り返している。
 息を切らせて階段を昇ってきたロイは、足を見てぎょっと息を飲んだ。額から頬へと伝わる汗を拭いながら、恐る恐る近づき、そして呆れる。

「----仮にも王子がこんな所で雑魚寝なんてしても良いもんなのか?」

 壁に凭れてティーがぐっすり眠っていた。汗をかいているロイとは対称的に、とても安らかで、良い夢でも見ていそうな笑顔を浮かべている。
 ロイは、さっきまで必死にティーを探していた自分が急に馬鹿馬鹿しくなった。城中捜しまわっていたのに、当の本人はこっちの苦労も知らずに呑気にお昼寝。王子が居ない、と困っていたリオンに頼まれたんじゃなければ、そのまま置いておくところだ。

「やってらんねえ」

 ふう、と息をつく。ここはとても涼しく、心地よい。ひんやりとした空気の流れが、じんわり吹き出す汗を抑えてくれそうだ。
 最近天気も続き、暑い日ばかりだ。そう考えると、ティーがここを昼寝の場所に決めたのも納得がいく。
 だが、リオンを困らせるのは問題だ。彼女もティーを探している。一言ぐらい言っておけば無用の心配で終わっていた。
 ロイはティーの前にしゃがみ込み、無防備な寝顔に手を伸ばした。鼻を摘んで、呼吸を止めてやろうか。そう思っていたが、指が届く前に標的の瞼が上がってしまい、慌てて手を戻す。
 瞼をこすり、ゆっくり顔を上げたティーは、寝ぼけ眼でロイをじっと見つめた。いつもは人を見通すような鋭さを持つ視線が丸くなり、落ち着かず妙な気分になる。
 そわそわするロイを前に、どうしてここにロイがいるのか分からない、とでも言いたげにティーが首を傾げた。

「なにかあったの?」
「まぁな。リオンがお前を探してるんだよ。こんな妙な所で寝てるから、オレまで狩り出されたんだぜ。どうしてくれるんだよ」
「ああ、うん。そっか、そうだよね」

 とろんと眠たそうな眼のままティーは頻りに頷く。

「もしかして、けっこうじかんがかかったの? かみがぬれてる」

 走り続け、汗で濡れた横髪を、ティーが指を伸ばして梳くように触れる。

「あつかった?」
「そりゃあな……」

 城中を捜しまわったから当然だろう。

「なのに当の本人はこんな涼しい場所で寝ててよ。ずりい」

 フェリムアル城の中は大概何処も過ごしやすいが、ここは別格だった。心地よい涼しさで、外の暑さと切り離されたような錯覚がする。火照っていた身体が落ち着いて、ロイは息をついた。
 寝足りず大きく欠伸をかくティーに、手を伸ばす。

「ほら、さっさと戻るぞ」
「----ん」

 ティーが伸ばされた手を掴んだ。瞬間、ぞわりと伝わる冷たさに、思わず繋いだばかりの手を離す。冷た過ぎる。人間の体温ではあり得ない程だ。

「いったいなぁ……。なにするの」

 固い床に尻を打ち付け、擦るティーから後ずさり、青ざめたロイは震える指を突き付ける。

「お、おおっ」
「お?」
「お前っ、なんでそんなに手が冷たいんだよっ!」

 怯えるロイにティーは首を傾げ、振り払われた手を見つめる。ゆらりと揺らめく水気に、ああ、と甲をロイに向けて掲げた。

「もんしょうのちからをね、ほんのすこしだけだしてるんだ。そうすると、すずしくなって、とてもきもちいいの。べんりだよねえ」

 手の甲に輝く水の紋章を見て、ティーは舌足らずにしみじみと呟く。

「………」

 突き付けていたロイの指が、今度は怒りに震えた。
 眼を見開き、大きな声で怒鳴る。

「----紛らわしい事してんじゃねえよっ!!」

 死人みたいな冷たさのお陰で、いらぬ恐怖を味わってしまった。

「それに楽して涼しくなろうだなんて……、案外姑息なんだなお前はよっ!」
「そうでもないよー」

 冷たい左手を頬に押し当て、心地よさにティーは眼を細める。

「これおもいついたのカイルだもん。こそくっていうならカイルでしょー」
「………」
「あついところがあるならロイもさわる? きもちいいよ」
「誰がっ!」

 がなり立て「さっさと行くぞっ!」とロイはティーの右手を引っ張った。自分とうり二つの顔を持つ少年は、普段ならあり得ない笑顔で「ありがとう」と答える。

「ロイはやさしいねえ。ぼく、そんなロイがだいすきだよ」
「………!!!」

 気味が悪い。ロイの背中に寒気が走り、それは全身に伝わった。
 普段なら絶対向かって言わないだろう『大好き』の言葉に、さっきの恐怖を上回る恐ろしさがロイを押そう。肩ごしに振り向けば、にこにこと笑顔を振りまき慌てて正面を向き直る。
 とろんと眠た気な眼をしていたティーは、まだ半分夢の中にいるんだろう。寝ぼけている彼は、とても素直で臆面もなく率直だ。
 オレはごめんだけどな、張り合いがねえ。
 そう思いながら、ロイは仕方なくリオンを安心させるべく階段を降りていく。
 後ろで花開く、ティーの笑顔を見ないように努めながら。


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ひらがななのは仕様です。ねぼけまなこ王子。



 

シュンミン編


 自室で机に向かっていたティーは、控えめに叩かれたノックの音に手を止めた。
 振り向くとさっきと同じリズムで、ノックが繰り返される。誰だろう、リオンだったらちゃんと自分の名前を言うし、カイルに至っては返事をする前に無断で入ってくる。
 考えても埒があかない。

「----誰?」

 返事はすぐに返ってきた。

「シュンミンです! 入ってもいいですか?」

 いいよ、と答えながらもティーはシュンミンの来訪に眼を見張る。父親のレツオウと共に食堂を切り盛りしている少女が、昼の忙しい時に来るとは。
 ゆっくりぎこちなく入ってきたシュンミンは、両手にお盆を持っていた。ティーは立ち上がり、扉を開けて助けてやる。

「ありがとうですの!」

 はにかみながら、シュンミンはティーを見てそわそわ落ち着きなく辺りに視線を飛ばした。
 改めて二人は向かい合って座り「どんな用事かな?」とティーは尋ねる。袖で口元を隠して照れくさそうに笑い、シュンミンは机に置いていた盆をティーの方へ差し出した。

「王子様に食べてほしくて作ったの!」

 小さな硝子の器の中に、アイスクリームが盛られている。傍らにはちゃんと冷やした果物が添えられ、綺麗に盛り付けてあった。

「これ……シュンミンが作ったの?」
「そうですの!」

 元気で嬉しそうな声が弾んでいる。

「王子様暑いのが苦手だって聞いて、少しでも涼しくなってほしかったの」
「それでわざわざ……」

 忙しいのに自分の為に来てくれたシュンミンの心遣いに、ティーは感動する。

「だからね、王子様に食べてほしいな」
「……うん、ありがとう」

 にっこり笑い、ティーは匙で掬ったアイスクリームを口に運ぶ。冷たくて甘く優しい味が舌の上に広がった。目元を緩ませ、味はどうか緊張して待っているシュンミンに「おいしいね」と掛け値なしの感想を言う。

「ほんとう!?」
「うん本当。とってもおいしいよ」
「よかったぁ……。わたし王子様にそう言ってもらえるのが一番なの!」

 ぱっとシュンミンの顔が明るくなる。
 アイスクリームの贈り物は勿論、その無垢な笑顔も暑さを吹き飛ばす力になる、と思いながらティーはまた一口アイスクリームを口に運んだ。


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シグレ編

 暑さにやられ、首に巻いているマフラーを弄りながら、ティーは言葉にならない呻きを絶えず漏らしつつ、歩いていた。目指す目的地は遥か遠い。汗を拭いつつ、元気な太陽を恨めしく睨んだ。
 テレポートを使えばあっという間だが、それは一度足を踏み入れた場所だけに限定される。初めての所に赴く場合は、どんなに面倒でも、自らが赴かなければならないのだ。
 たとえどんなに暑かろうが、それに例外はない。
 でも嫌なものは嫌だった。早く目的地に辿り着いて、影のある場所で一息つきたい。
 がんばらないと。小さく拳を握ってティーは意気込む。

「おい」

 その真後ろからのっそりと人影が現れ、少しでも涼しくなろうとティーが布を掴んで仰いでいたマフラーを掴み、引いた。いきなり加えられた力は強く、ティーは後ろに仰け反り締った首を押さえる。苦しさに漏れた声を聞いて「悪い」と気怠る気な声が謝った。

「まさかそんなに締るとは思わなかった」
「シグレ……、引っ張らなかったらいい話だと思うんだけど……」
「見ていて暑くさい」

 シグレは掴んでいたマフラーの端をゆらゆら振る。

「お前も煩わしそうにしてるしよ。いっそとっちまったらどうだ?」
「……うーん……」

 ティーは掴まれていたマフラーを手繰り寄せながら迷う。確かに暑いし、汗もかいてちゃんとしないと汗疹とか出来てしまうし。だが、これも立派な防具なのだ。大切な首を守ってくれる。
 暑いのは嫌だけど。ティーは溜め息をついた。

「いいや……、我慢する」

 いつ魔物や野党に襲われてもおかしくないのだから、少しでも身の守りは固くするべきだ。そう結論付け、ティーは持っていたマフラーから手を離し、端を靡かせる。

「行こう。せめて夕方までには着きたいから」

 道を急ぐティーを追い掛けながら、シグレは彼に合わせてひらひら踊るマフラーの端を、ぼんやり見つめる。それは纏わりつくように見えて、やっぱりとても暑苦しい。
 シグレは無言で銜えていた煙管を仕舞い、翻るマフラーの端を掴んだ。それに気付かなかったティーは、そのまま歩いて再び喉を締めらせる。

「何するの!」
「やっぱり暑苦しい。持っててやるからもう少しゆっくり歩け。そうしたら締らないだろ」
「………」

 無言で憮然と見遣るティーに「いやか?」とシグレは言った。

「いやじゃないけど……」
「ならいいだろ。ほら行くぞ」
「………」

 なんだかリードに繋がれたペットの様だ。
 妙に満足しているシグレに、ティーは前を向いてむくれる。確かに涼しいけれど、直ぐ後ろにシグレが居て、落ち着かない。

「夕方までに辿りつきたいんじゃないのか? 歩かないといつまでたっても着かないぞ」
「い、行くよっ。……もう首締めないでよねっ」
「わあったって」

 気怠る気な声にどうだか、と不安になりながらも仕方ないかと溜め息を着いて歩き始めた。


拍手ありがとうございました!




 

カイル編


「あっついですねー」

 笑いながらきっちり着込んだ女王騎士の格好で、カイルは笑い「ねえ」と机に突っ伏し暑さにうだるティーに同意を求める。

「うん暑いね。暑いよ。暑いから近寄らないで」
「つれない事言わないでティー様。オレ悲しくなっちゃいます」
「勝手に泣いてれば」
「うわっ、ひどい」

 邪険に扱われながら、それでもカイルはティーにこっそり近づいて大きく腕を広げると、いきなり抱き着いてきた。驚く間もなく、椅子の上に二つの身体が重なった。ただでさえ暑いのに、こうもくっ付かれたらさらに暑さによる不快感が増していく。密着した分どんどん伝わるカイルの温もりにティーは顔を顰め「離してっ」と広い背中を叩いた。かなりの力で容赦なく叩いているにも関わらず、カイルは少し困ったように眉根を寄せるだけで、離さない。

「暑いのはオレも嫌いですよ。だってティー様が触らせてくれないんですもん」

 間近で見つめあい、カイルはかなり明確な目的を持っているように笑っている。このまま流されてしまたら、余計に汗をかく事は間違いなかった。
 固まり強張るティーに、カイルは小さく笑う。

「やだなー。もしかしてヤらしい事、考えてません?」
「………!!」

 図星を突かれ、赤く染まった頬に、さらに笑みは深まる。

「ま、オレとしてはご期待に添えたいところですが。さすがにこの調子で言ったら、夏の間中口を聞いてくれないってことになりかねないと思うんで自粛しますよ」
「……なんか意外」

 己の欲求に忠実そうな男が我慢するなんて。
 呆然とするティーにカイルは「すいませんね」と言いながらも、やはり名残惜しく首筋にキスを残して起き上がった。続いて触れられた場所に手をやるティーも、引き起こしてやる。

「ま、涼しくなったらヤりましょうね」
「僕としては勘弁してほしいんですけど」

 嫌な汗をかいてしまった。押し倒されただけなのに熱くなった身体に動揺しつつ、椅子から立ち上がる。

「お風呂行ってくる。さっぱりしたい」
「あ、お供します」

 カイルも続いて立ち上がった。

「お風呂上がりに冷たいものでも食べましょ?」
「それはそれで……、お腹壊しそうだね」
「いいんじゃないですか。そうしたらあっためてあげますよ、オレがティー様のお腹」
「………バカな事言わないの」

 嫌な汗をかくのはさっきので十分だよ、と思いつつティーはカイルを伴って部屋を出ていった。


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