ロイ編
フェリムアル城の最上階にある封印の間。そこへ続く広場の片隅に、足が二本伸びていた。爪先が揺れて止まるを繰り返している。
息を切らせて階段を昇ってきたロイは、足を見てぎょっと息を飲んだ。額から頬へと伝わる汗を拭いながら、恐る恐る近づき、そして呆れる。
「----仮にも王子がこんな所で雑魚寝なんてしても良いもんなのか?」
壁に凭れてティーがぐっすり眠っていた。汗をかいているロイとは対称的に、とても安らかで、良い夢でも見ていそうな笑顔を浮かべている。
ロイは、さっきまで必死にティーを探していた自分が急に馬鹿馬鹿しくなった。城中捜しまわっていたのに、当の本人はこっちの苦労も知らずに呑気にお昼寝。王子が居ない、と困っていたリオンに頼まれたんじゃなければ、そのまま置いておくところだ。
「やってらんねえ」
ふう、と息をつく。ここはとても涼しく、心地よい。ひんやりとした空気の流れが、じんわり吹き出す汗を抑えてくれそうだ。
最近天気も続き、暑い日ばかりだ。そう考えると、ティーがここを昼寝の場所に決めたのも納得がいく。
だが、リオンを困らせるのは問題だ。彼女もティーを探している。一言ぐらい言っておけば無用の心配で終わっていた。
ロイはティーの前にしゃがみ込み、無防備な寝顔に手を伸ばした。鼻を摘んで、呼吸を止めてやろうか。そう思っていたが、指が届く前に標的の瞼が上がってしまい、慌てて手を戻す。
瞼をこすり、ゆっくり顔を上げたティーは、寝ぼけ眼でロイをじっと見つめた。いつもは人を見通すような鋭さを持つ視線が丸くなり、落ち着かず妙な気分になる。
そわそわするロイを前に、どうしてここにロイがいるのか分からない、とでも言いたげにティーが首を傾げた。
「なにかあったの?」
「まぁな。リオンがお前を探してるんだよ。こんな妙な所で寝てるから、オレまで狩り出されたんだぜ。どうしてくれるんだよ」
「ああ、うん。そっか、そうだよね」
とろんと眠たそうな眼のままティーは頻りに頷く。
「もしかして、けっこうじかんがかかったの? かみがぬれてる」
走り続け、汗で濡れた横髪を、ティーが指を伸ばして梳くように触れる。
「あつかった?」
「そりゃあな……」
城中を捜しまわったから当然だろう。
「なのに当の本人はこんな涼しい場所で寝ててよ。ずりい」
フェリムアル城の中は大概何処も過ごしやすいが、ここは別格だった。心地よい涼しさで、外の暑さと切り離されたような錯覚がする。火照っていた身体が落ち着いて、ロイは息をついた。
寝足りず大きく欠伸をかくティーに、手を伸ばす。
「ほら、さっさと戻るぞ」
「----ん」
ティーが伸ばされた手を掴んだ。瞬間、ぞわりと伝わる冷たさに、思わず繋いだばかりの手を離す。冷た過ぎる。人間の体温ではあり得ない程だ。
「いったいなぁ……。なにするの」
固い床に尻を打ち付け、擦るティーから後ずさり、青ざめたロイは震える指を突き付ける。
「お、おおっ」
「お?」
「お前っ、なんでそんなに手が冷たいんだよっ!」
怯えるロイにティーは首を傾げ、振り払われた手を見つめる。ゆらりと揺らめく水気に、ああ、と甲をロイに向けて掲げた。
「もんしょうのちからをね、ほんのすこしだけだしてるんだ。そうすると、すずしくなって、とてもきもちいいの。べんりだよねえ」
手の甲に輝く水の紋章を見て、ティーは舌足らずにしみじみと呟く。
「………」
突き付けていたロイの指が、今度は怒りに震えた。
眼を見開き、大きな声で怒鳴る。
「----紛らわしい事してんじゃねえよっ!!」
死人みたいな冷たさのお陰で、いらぬ恐怖を味わってしまった。
「それに楽して涼しくなろうだなんて……、案外姑息なんだなお前はよっ!」
「そうでもないよー」
冷たい左手を頬に押し当て、心地よさにティーは眼を細める。
「これおもいついたのカイルだもん。こそくっていうならカイルでしょー」
「………」
「あついところがあるならロイもさわる? きもちいいよ」
「誰がっ!」
がなり立て「さっさと行くぞっ!」とロイはティーの右手を引っ張った。自分とうり二つの顔を持つ少年は、普段ならあり得ない笑顔で「ありがとう」と答える。
「ロイはやさしいねえ。ぼく、そんなロイがだいすきだよ」
「………!!!」
気味が悪い。ロイの背中に寒気が走り、それは全身に伝わった。
普段なら絶対向かって言わないだろう『大好き』の言葉に、さっきの恐怖を上回る恐ろしさがロイを押そう。肩ごしに振り向けば、にこにこと笑顔を振りまき慌てて正面を向き直る。
とろんと眠た気な眼をしていたティーは、まだ半分夢の中にいるんだろう。寝ぼけている彼は、とても素直で臆面もなく率直だ。
オレはごめんだけどな、張り合いがねえ。
そう思いながら、ロイは仕方なくリオンを安心させるべく階段を降りていく。
後ろで花開く、ティーの笑顔を見ないように努めながら。
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ひらがななのは仕様です。ねぼけまなこ王子。
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