とりあえず挨拶せよ
ルセリナからの招集に、シグレは火をつけたばかりの煙草を灰皿に落とし、気怠る気に部屋を出た。煙は出てなくとも、煙管を銜えてしまうのはもう癖だ。こうして煙管を銜えていないと、どうにも落ち着かなくなってしまう。
ああ、めんどくさい。
そう言いつつも滑らかに足を前に出るのは、上で待っているだろうティーを待たせない為だ。ルセリナの招集は即ち、フェリムアル城から何かしら用があって出る軍主からの同行の頼みだと、シグレは分かっている。
呼び出される回数の多さを口先だけでぼやき、階段を昇る。店が集まっている広場に出ると直ぐに「シグレ」と弾む声が飛んできた。
広場の中央にある大きな柱の側にルセリナと並んで立っていたティーが、シグレの姿を見るなり、元気に大きく手を振る。嬉しそうな表情にシグレの口元は緩みかけ、そしてさらに隣に立っているカイルの姿に、唇を不服そうに尖らせた。
シグレには分かっていた。ティーが自分を呼ぶ回数が多いように、またカイルもティーに同行する回数が多い事を。
あまりティーに関しては、影で諍いが絶えないシグレとカイルは、こうして合わせたくない顔を合わせる回数を増やしていく。
「おはよう、シグレ。今日もよろしく」
ゆったりと近づくシグレに、ティーは緩やかにはにかんで目を細めて笑うとシグレに対し、小さく頭を下げた。
「おはよー。今日もよろしく頼むよ」
カイルも手を上げ、シグレに挨拶を交す。顔は笑っているが、目は笑っていない。
シグレは銜えていた煙管を手にとって煙管入れに仕舞うと、剣呑な雰囲気を隠さずにカイルを見る。
「----ハッ、せいぜいティエンの足を引っ張るなよ」
「言うねー」
歯に衣を着せないシグレの辛辣な言葉に、カイルの笑みもまるで氷の息吹を発動させたように冷たくなる。
「そっちこそせいぜいティー様を困らせないでね。ただでさえ疲れが溜まってるんだから、少しは休んでもらいたいのに」
「……疲れさせてんのはテメエだろうが」
「ん、何か言った?」
「言ってねえよ」
「遠慮しなくていいんだよ? オレとシグレの仲じゃない」
戯けて肩を竦めるカイルに、氷点下にまで凍ったシグレの視線が前髪越しに飛んでくる。
「おぞましい事を言うな」
頭上を飛び交う挨拶代わりの舌戦を眺めながら、ティーは同じくルセリナに呼び出してもらっていたロイの隣へ歩き、リオンが居らずつまらなそうに視線を投げ、床を蹴っていた彼の指を軽く引いた。何だよ、とぞんざいに返すロイに、ティーは言い合いを続けるシグレとカイルに軽く指を差す。
「カイルとシグレって、仲が良いよね」
「----は?」
ティーの口から零れた不可解な言葉に、思わず大きく口を開け、素っ頓狂な声を漏らしたロイは、シグレとカイルを見て首を傾げる。あの、見ているだけで空気が凍り付いていると分かるのに、この当事者は何を言っているのか。
巻き添えを食って怯えているルセリナに同情しつつ、ロイは怪訝にティーを見た。
「あんた目は確かか、王子さん。実は近眼とか言うんじゃないだろうな」
「全然良好だよ」
何言ってんの、と腰に手を当て半眼でロイを見遣り、ティーはそのまま羨ましそうに視線をカイルとシグレに向けた。
「カイルが男の人相手にあんなに話すのそんなに見ないし、シグレだって口数少ないのに……。二人が会うと、あんなに楽しそうに話してさ、何だか羨ましいな」
いやそれは牽制しあってるだけだから。
ティーの見当違いに、ロイは力一杯突っ込みたい衝動を寸での所で抑える。
カイルもシグレも、お互い相手がティーへ必要以上に踏み込まないように警戒している。リオンとか恋愛感情に鈍い相手じゃなければ、誰だって分かるぐらいあからさまに敵意を滲ませて。ティーも他人の感情には機敏な癖に、自分に対しては苛立つ程に鈍い。
だからあんな近寄りたくない雰囲気をまき散らす二人を、羨ましそうに見ているのか。
とばっちりを喰らう方はとんだ迷惑だが。
ロイは大きく溜め息をつき、それに驚いて振り向くティーの背中を押した。
「さっさとあの二人呼んで行くぞ。今日もやる事が沢山あるんだろ?」
「あ、うん」
我に返り、ティーは慌ててシグレとカイルを呼びに行く。途端に冷たく刺々しい氷の雰囲気が、春の空気に晒されて解けたように和らぎ、ロイは疲れたように息を着いた。
「勘弁してくれ……」
そんなロイの呟きは、誰にも届かず消えていった。
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