ウェブ拍手お礼小話第4段
険悪なふたりに20の指令(今は20もないですが) カイルとシグレ編

とりあえず挨拶せよ
不本意でも助けよ
一緒に食事をせよ
バッタリと遭遇せよ

配付元 せっと。


 

とりあえず挨拶せよ


 ルセリナからの招集に、シグレは火をつけたばかりの煙草を灰皿に落とし、気怠る気に部屋を出た。煙は出てなくとも、煙管を銜えてしまうのはもう癖だ。こうして煙管を銜えていないと、どうにも落ち着かなくなってしまう。
 ああ、めんどくさい。
 そう言いつつも滑らかに足を前に出るのは、上で待っているだろうティーを待たせない為だ。ルセリナの招集は即ち、フェリムアル城から何かしら用があって出る軍主からの同行の頼みだと、シグレは分かっている。
 呼び出される回数の多さを口先だけでぼやき、階段を昇る。店が集まっている広場に出ると直ぐに「シグレ」と弾む声が飛んできた。
 広場の中央にある大きな柱の側にルセリナと並んで立っていたティーが、シグレの姿を見るなり、元気に大きく手を振る。嬉しそうな表情にシグレの口元は緩みかけ、そしてさらに隣に立っているカイルの姿に、唇を不服そうに尖らせた。
 シグレには分かっていた。ティーが自分を呼ぶ回数が多いように、またカイルもティーに同行する回数が多い事を。
 あまりティーに関しては、影で諍いが絶えないシグレとカイルは、こうして合わせたくない顔を合わせる回数を増やしていく。
「おはよう、シグレ。今日もよろしく」
 ゆったりと近づくシグレに、ティーは緩やかにはにかんで目を細めて笑うとシグレに対し、小さく頭を下げた。
「おはよー。今日もよろしく頼むよ」
 カイルも手を上げ、シグレに挨拶を交す。顔は笑っているが、目は笑っていない。
 シグレは銜えていた煙管を手にとって煙管入れに仕舞うと、剣呑な雰囲気を隠さずにカイルを見る。
「----ハッ、せいぜいティエンの足を引っ張るなよ」
「言うねー」
 歯に衣を着せないシグレの辛辣な言葉に、カイルの笑みもまるで氷の息吹を発動させたように冷たくなる。
「そっちこそせいぜいティー様を困らせないでね。ただでさえ疲れが溜まってるんだから、少しは休んでもらいたいのに」
「……疲れさせてんのはテメエだろうが」
「ん、何か言った?」
「言ってねえよ」
「遠慮しなくていいんだよ? オレとシグレの仲じゃない」
 戯けて肩を竦めるカイルに、氷点下にまで凍ったシグレの視線が前髪越しに飛んでくる。
「おぞましい事を言うな」

 頭上を飛び交う挨拶代わりの舌戦を眺めながら、ティーは同じくルセリナに呼び出してもらっていたロイの隣へ歩き、リオンが居らずつまらなそうに視線を投げ、床を蹴っていた彼の指を軽く引いた。何だよ、とぞんざいに返すロイに、ティーは言い合いを続けるシグレとカイルに軽く指を差す。
「カイルとシグレって、仲が良いよね」
「----は?」
 ティーの口から零れた不可解な言葉に、思わず大きく口を開け、素っ頓狂な声を漏らしたロイは、シグレとカイルを見て首を傾げる。あの、見ているだけで空気が凍り付いていると分かるのに、この当事者は何を言っているのか。
 巻き添えを食って怯えているルセリナに同情しつつ、ロイは怪訝にティーを見た。
「あんた目は確かか、王子さん。実は近眼とか言うんじゃないだろうな」
「全然良好だよ」
 何言ってんの、と腰に手を当て半眼でロイを見遣り、ティーはそのまま羨ましそうに視線をカイルとシグレに向けた。
「カイルが男の人相手にあんなに話すのそんなに見ないし、シグレだって口数少ないのに……。二人が会うと、あんなに楽しそうに話してさ、何だか羨ましいな」
 いやそれは牽制しあってるだけだから。
 ティーの見当違いに、ロイは力一杯突っ込みたい衝動を寸での所で抑える。
 カイルもシグレも、お互い相手がティーへ必要以上に踏み込まないように警戒している。リオンとか恋愛感情に鈍い相手じゃなければ、誰だって分かるぐらいあからさまに敵意を滲ませて。ティーも他人の感情には機敏な癖に、自分に対しては苛立つ程に鈍い。
 だからあんな近寄りたくない雰囲気をまき散らす二人を、羨ましそうに見ているのか。
 とばっちりを喰らう方はとんだ迷惑だが。
 ロイは大きく溜め息をつき、それに驚いて振り向くティーの背中を押した。
「さっさとあの二人呼んで行くぞ。今日もやる事が沢山あるんだろ?」
「あ、うん」
 我に返り、ティーは慌ててシグレとカイルを呼びに行く。途端に冷たく刺々しい氷の雰囲気が、春の空気に晒されて解けたように和らぎ、ロイは疲れたように息を着いた。
「勘弁してくれ……」
 そんなロイの呟きは、誰にも届かず消えていった。


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不本意でも助けよ


 ティーを守りたい気持ちが先走っていたかもしれない。それに背を押されるように、カイルは道中襲ってきた魔物達に剣を抜き、振いながら無意識に前へ前へ歩を進め、後ろから妙に焦りの混じったティーの呼び声を聞いてようやくカイルは敵中に孤立してしまったと悟った。
 とりあえず目の前の敵を切り伏せ、抜けようと試みるが、存外に魔物の守りは堅く、剣は硬質な音を立て弾かれてしまった。
 四方から繰り出される攻撃。カイルはそれらを受け止め躱しながらも、完全には防ぎきる事は出来ず、手や足を斬られる。破けた服から覗いた肌から、赤い線がじわじわと太くなった。
 振り向きざまにカイルは剣を一閃する。動きに合わせて動く自分の金色の髪と魔物の隙間から、白い顔を青ざめさせ、ティーが棒杖に繋げた三節根を両手で構え、駆けてきた。
 自分の危機に駆けつけてくれるティーを、カイルは嬉しく思うが危険には晒したくなかった。ティーを守る為に闘っているのだから。
 戻ってください、ティー様。
 口でそう言うよりも早く、一陣の風がティーを追いこした。それは高く跳躍し、カイルの足元へ踞るように着地する。
 抜いたままの忍び刀を握りしめたまま、右手が振り翳される。一際強く拳が握られ、軽く青い血管が浮いたように見えた。
 拳に、風の紋章が浮かび上がる。空気が、そこを中心に渦巻き始めた。
 次の瞬間、風が猛烈な勢いで流れる。見えない刃となった無数の風は、カイルを囲っていた魔物を切り刻む。
「あ……」
 風が、止んだ。カイルを殺そうとしていた魔物の屍が錯乱し、飛び散った血が放たれた術の強さを物語る。
 カイルは戸惑いながらも、背中の鞘に忍び刀を収めるシグレを見た。まさか助けてくれるとは思わなかった。
 普段の仲の悪さは自覚している。だからこそ、シグレの行動に呆然と自分の剣を収める事も忘れて、ゆっくりと刀の代わりに煙管を持つ背中に躊躇いながらも「ありがとう」と礼を言う。
「……勘違いするな」
 カイルを見ないまま、ぶっきらぼうにシグレが言った。
「お前が倒れれば、ティエンが泣く。オレはそれが見たくないだけだ」
「シグレ……」
「テメエがティエンの中にどう言う位置にいるかちゃんと考えとけ」
 それだけ言い、シグレは他の仲間の元へ歩く。途中すれ違い際に走るティーの肩を優しく叩いた。たたらを踏みながら、ティーは上体を捻り「助けてくれてありがとう」とシグレに言う。軽く手を振るシグレに頷き、ティーは一人離れたカイルの元へ急いだ。
「カイル! ……怪我はない?」
「あっ、はい。大丈夫です。大した事はありません」
「そう……」
 良かった、と胸を押えて安堵するティーに、心配を掛けてしまったとカイルは申し訳なく思いながらも「すいません」と謝る。
「謝るなら、もう無茶はしないでよね」
 頬を膨らませるティーに苦笑を漏らしつつ、借りを作っちゃったな、とカイルはシグレに言われた言葉を噛み締めつつ「すいません」ともう一度謝り、ティーへ頭を下げた。



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一緒に食事をせよ

 レツオウが切り盛りする食堂は、人が絶えないがご飯時になると一気に席は埋まり、腹を空かせた人で溢れ返る。当然席も足りる訳がなく、中には持ち帰りを頼む人もいた。
 だが、喧噪のざわめきにコルネリオが「凡俗が、凡俗がッ」と眉間に皺を寄せ文句を垂れているステージの下、そこに置かれているテーブルには何故か誰も寄り付こうとしない。
 誰もが一度は空いている席に、幸いと近寄りかけ、そこにいる人間の組み合わせに頬を引き攣らせるとそそくさと逃げ去ってしまう。避けられているとも知らず、向い合せに座る二人は、それぞれが注文した食事をつまらなそうに食べていた。
「あーあ。何が悲しくてシグレとご飯食べてるんだろ、オレ」
 サラダのレタスをフォークで突つきながら、行儀悪く頬杖をついたカイルが溜め息を漏らす。
「どうせなら、可愛い女の子かティー様と一緒に食べたかったのになー」
「……俺だってお前と一緒に食べたくなかったぜ」
 ぼそぼそ呟き、シグレが味噌汁を啜る。
 刺々しさを含む雰囲気に、ステージの上ではドレミの精たちが怯え、震えてしまう。指揮棒を振り、曲を奏でようとしていたコルネリオが「僕の大切なドレミの精たちをなに怯えさせてるんだ、この凡俗がッ!」と怒りを爆発させる。だが、二人は素知らぬ顔で黙々と食事を進めた。
 意に介さない二人に、コルネリオがまた怒鳴りかける寸前、料理を乗せたトレイを持ってやってきたティーが「カイル、シグレ」と寄ってくる。シグレよりも先に呼ばれ、一気に憂鬱を吹き飛ばしたカイルは極上の笑みを浮かべ「ティー様!」と手を振った。
 大した変わり身の早さだと、半分感心してシグレはたくあんを齧る。
「良かった、席が空いてて。どこも一杯だったから困ってたんだ」
「昼時ですから当たり前ですよ」
 カイルは空いている自分の隣を指差した。
「さ、どうぞどうぞ。ゆっくり食べてもオレは全然構いませんからねー」
「う、うん……」
 頷きながら、ティーは困ったようにカイルとシグレを交互に見て「じゃあ」とシグレの隣に座る。
「----ん?」
「って、あー!」
 口から傾けた湯飲みを外すシグレの声と、ティーのとった行動に驚愕して立ち上がるカイルの大声が重なった。
「ななっ、なんでシグレの隣に座るんですか!」
 てっきり自分の隣に座ると思っていたのに。カイルは目論見が崩れ、悔し気にばんばんと強くテーブルを叩いた。よりによってシグレの隣に座るなんて。
「だってカイルの隣は危険じゃない」
 セクハラしてくるんだもん。
 さり気なく近づきながらも身体を密着させたり、腰に手を回したり。今までされてきた行為の数々を思い出し、憮然と口を尖らせてティーは注文したハンバーグを食べはじめる。
「ティー様ぁー……」
 情けない声を上げるカイルに、シグレは自業自得だなと見えないように口元を上げ、おいしそうに舌鼓を打つティーの横顔を見て、笑った。


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バッタリと遭遇せよ


 フェリムアル城のとある廊下で、カイルとシグレはばったり出会った。
 ちょうどそこを通りかかった人間の表情が一様に凍り付く。誰もが二人の側にいるだろうティーを捜し、居ない事に心の底から嘆いた。ティーがどちらかにくっ付いていたのなら兎も角、居ないとなると今の状況は危険過ぎる。
 心無しか冷えてきた空気に、腰が引けそうなおどろしい雰囲気が増した。
「あれ、シグレじゃないか。こんな所で会うなんて奇遇だねー」
 顔こそ笑っているものの、カイルの声音は限り無く低い。会いたくなかった、と言う心情を隠さずに曝けている。
「金髪こそこんなところでどうした。いつもティエンの部屋の前に居続ける奴が」
 シグレも不機嫌を滲ませ、剣呑な空気を醸し出しこれ以上見たくないと言わんばかりに、カイルから視線を外した。すでにカイルを名前で呼ばないあたり、如何に嫌っているかを物語っている。
 ああ、とカイルが大袈裟に肩を竦め手振りする。
「ティー様どっか行っちゃたんだよねー。城の何処かにいると思うんだけど、シグレ知らない?」
「知るか」
 シグレが吐き捨てる。
「知っててもテメエにだけは教えねえ。どこそこ構わず盛る野郎にはな」
「……へー、そんな事知ってるなんて、もしかして見た事あるの?」
 ぐんとシグレの周りの空気が凍り付いた。人一人殺せてしまいそうな殺気に、辺りの人は一気に引いて、誰かが慌ててティーを捜しに行く。このまま言い合いが続いたら、本気で誰かが死んでしまいそうだ。
「テメエじゃあるまいし。誰が覗くかよ」
 伸びた前髪越しにカイルを睨み、シグレはその横を通り過ぎる。
「あれ、どこ行くの?」
 肩ごしに尋ねるカイルに、振り向きもせずシグレは言い捨てた。
「どこだっていいだろ。----金髪には関係ねえよ」
 そのまま歩いていったシグレをカイルは忌々しく見遣り「ま、オレもどうだっていいけどね」と肩を竦め、シグレの反対方向へと歩いていく。
 ようやく通り過ぎた嵐。不幸にも居合わせた人間は、みんな胸を撫で下ろし、恐怖に耐えた自分を褒める。
 そして遅れながらも二人の調停役であるティーを連れてきた誰かに、遅い、と全員がツッコミを入れた。


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