ウェブ拍手お礼小話第3段
雰囲気的な5つの詞(ことば):幸
01.君が笑うから
02.今はただどうしようもなく
03.どうかお幸せに
04.それは安らぎにも似た
05.しあわせのあとさき
配付元 Melancholy rainy day


 

01.君が笑うから


 部屋に入るなり差し出された小さな紙袋に、ティーは目を丸くしてそれを凝視した。ルクレティアに借りた兵学の本を開いたまま机に置き、目線を上のカイルに向ける。いつものしっぽを大きく振る犬の笑顔をしていた。
「……いきなりどうしたのその袋は」
「手を広げて出してくれませんか?」
 問いかけには答えず、カイルはティーに催促する。理由を聞いても、同じ事の繰り返しだけになるだろう。無駄な労力は使わないほうが利口だ。ティーは言われるがまま、手を開いてカイルの前に差し出す。
 カイルは袋の口を開いて、そこへとゆっくり傾けていく。飴玉が転がり落ちて出てきた。鮮やかな色彩。甘い香りが僅かに伝わる。
「シンロウ君が仕入れてきたんですって。子供達に大人気。オレが買う時はもう売り切れ間際だったんですよ−」
「……もしかして、カイルが買ったせいで買えなかった子とかいるんじゃないんだろうね?」
 人気なら、手に入らず泣く子も出てくるだろう。可愛い妹を持つティーは、自分より小さな子供の涙には相当弱い。不安に眉を寄せ、訊ねてみる。
 カイルは「大丈夫ですよ−」と呑気だ。
「またすぐに仕入れるらしいですし。それに、オレが買ったのはティー様の為だって、子供達みーんな分かってますから。逆に貰っちゃったぐらいですよ。王子様頑張ってーって」
 だからティー様が心配する事なんて一つもないんですよ。片目を瞑り笑うカイルに、ティーは目を丸くして飴玉を見つめる。口元が緩むのが止まらない。心強い応援に胸が震えた。
 なんて幸せなのだろう。小さな手から、こんなにも大きな幸せを与えられるなんて。
 ティーは飴玉を一つ摘んで、口に放り込む。赤い色のそれはとても甘く、身に溜まっていた疲れや辛さが消えていく。
「カイル」
 もう一つ摘んで、カイルの口へと飴玉を押し付けた。
「カイルにも一つあげるよ。疲れが消える」
 言い終わる間もなく、カイルは口を薄く開き、押し付けられた飴を受け入れる。中で転がして右頬を膨らませ言った。
「確かにそうですねー。でも、オレは」
 優しくカイルの視線が幸せそうなティーを映し、そして深まる笑み。
「貴方の笑顔を見ただけでも、十分疲れが吹っ飛びますけどね」

 貴方が笑うから。

 それだけで、オレは幸せです。




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02.今はただどうしようもなく


 無性に。どうしても。どうしようも、なく。

 太陽宮から逃げ出して、バロウズ邸でティーと再会を果たしたカイルは、二人きりになった途端彼をきつく抱き締めた。元より細かった身体は、最後に別れてから、まだ数日しか経っていないのにさらに線が細くなったような気がする。それほどに彼を襲った出来事は、心を苛ませてきたのだろう。
 前触れもなくカイルに引き寄せられたティーは、一瞬驚きに肩を震わせたがそれだけで、ゆっくり力が抜けていく。白い手が伸びると、カイルの背中を辿々しく撫でた。
「カイル」
 抱き締められ苦しいだろうに。それでも労る声が囁く。
「僕はとても嬉しい。誰も出られなくなったと聞いたあそこから、カイルは来てくれた。目の前にいてくれて、こうして抱き締めてくれる」
 痛い程の温もりと、音が伝わる。
 カイルが、生きている証。
 幻ではない感触に、ティーはカイルを抱き返した。
「生きて、生きていてくれて、良かった。今は痛いのすら----嬉しい」
「ティー様……」
 泣きたくなる。カイルはティーの頭に顔を寄せ、熱くなる目の奥を瞼を強く瞑って、出てくるものを堪えた。
 どうしてこの子がこんな目に遭わなければならないのか。
 もうすぐソルファレナでは、午後を告げる鐘の音が鳴るだろう。兄を慕い後をついて回っていた妹は、またすぐに会えるのに、名残惜し気に帰っていく。自室に戻る途中、父親に会えば挨拶代わりに乱暴なスキンシップで、せっかく整えられた髪をぼさぼさにされ、彼はきっと頬を膨らませる。でも怒っているように見えなくて、寧ろ嬉しそうな表情に、居合わせた護衛と元護衛は顔を見合わせて、微笑む。
 忙しい母親も、ちゃんと彼を思っている。

 彼は、愛されている。

 なのにどうして、彼は今独りぼっちなんだろう。
「ティー様っ」
 細い身体にカイルは力を込めた。固い鎧や篭手をつけたままの腕でそうすれば、きっとティーは痛いだろうけど、こうしていたい。
 痛みが、ティーの嬉しさに繋がるのなら。いくらでも抱き締めてやりたかった。

 今はただ、どうしようもなくいとしい存在の為に。



拍手ありがとうございました!


 

03.どうかお幸せに


「僕はあの二人結構お似合いだと思うんだけどなぁ」
「ロイとリオンちゃんですか?」
 出くわした魔物との戦闘中、緊張感の欠片もないティーとカイルは、前で陣を取る二人に視線を向けた。
 リオンが長巻を手に、ティーの方へ魔物が攻撃を仕掛けないよう巧みに右へ左へ駆け回る。目立つ分、攻撃の矛先が多く向けられた彼女を、ロイが追い庇いながら魔物に手痛い反撃を与えていた。
「見事な連携」
「そうなんですけどー」
 ロイとリオン。それぞれが思いを寄せる人物へ矢印が伸び、それに引かれるように行動する。それが連携が連なったように見えるんじゃないか。リオンの目をかいくぐり、ティーに襲ってきたカットバニーを斬り伏せカイルは思う。
 ロイはリオンが好きで、彼女を守りたいし、助けたい。
 リオンはティーの護衛で、大切な主を守る為に長巻を振う。
 一見動きは見事だが、その実二人の思いは全く噛み合っていない。
 リオンがもう少し恋愛ごとに疎くなければ、うまく事が運びそうに思えるが、今それはあまり望めそうにない。一人から回っているロイが哀れだと、カイルは肩を竦めた。
「ロイがもっと素直になればいいんだけどねー」
 尤もなティーの意見。そうですね、とカイルは頷くのと同時にリオンが最後の一匹に止めを刺した。
「やりました!」
 にこやかに刃を仕舞い、主の無事を確かめたリオンはすぐにティーの元へかけてくる。それを見て、ロイは露骨に顔を顰め、乱暴に三節棍を腰のホルダーに仕舞った。
「ここでロイが拗ねるんじゃなくて、リオンを追い掛けるぐらいの男気は欲しいぐらいなんだけど」
「結構無茶言いますねティー様」
「リオン相手だったらそれぐらいはしてもらわないと。僕はリオンには幸せになってほしいからね」
 物心つく頃には人を傷つける事ばかり教えられ、今は自分を守る事に身を投じている。本人はそれでいいかも知れないが、ティーとしては普通の女の子としての幸せも彼女に掴んでほしかった。
「ここはやっぱり、親心を出してやるべきか」
 ティーは、道具袋からおくすりを二個取り出し、やってきたリオンに手渡す。
「お疲れさま。はい、おくすり」
「ありがとうございます」
「一個はリオンの。もう一つは」
 ティーはリオンの後ろを指差した。
「ふて腐れているロイに渡してあげて」
「え……?」
 後ろを振り向き、所在な気に土を爪先で抉っているロイに、リオンは首を傾げる。
「どうしたんでしょうかロイ君。元気がないみたいですけど」
 まったく分かっていないリオンに、溜まらずカイルは吹き出した。やっぱり全然噛み合っていない。
「疲れてるんだよ。頑張っていたから」
 二つ分のおくすりをリオンに握らせ、ティーは彼女の背を押した。
「だから、リオンが思いきり褒めてあげて、ね」
「は、はい……」
 言われるがままリオンはロイの元へと歩いていく。近づく姿に、ロイは直ぐ不機嫌さを消し、表情を綻ばせながらおくすりを受け取っていた。
 なかなかうまくいかない恋の行方。
 既にできあがっている二人は、その光景を温かく見つめた。
「うまく行くといいね」
「そうですねー」

 どうか幸せにと、願いながら見守っていく。


拍手ありがとうございました!
まだ、これというロイリオが掴めません。



 

04.それは安らぎにも似た


 木の根を枕にして、ティーが土に横たわっている。隣には、エレンがティーの腕に自分のを絡ませ寄り添い、彼らの身体に凭れてムササビ達がすよすよ寝息を立てていた。
 ティーもエレンも、気持ち良さそうに眠っている。頭上の葉がざわめき動く度に、形を変えて日光が彼らに降り注いでいた。
 偶然通りかかったゲオルグは、最初あまりの群がりように驚いた。戦の真っ最中によく、と呆れ、最後にはそれすら許せそうな光景に微笑する。見ているだけで心が和みそうだ。
 起きないよう足音を忍ばせて近寄ると、久しぶりに出会った懐かしい笑顔。母親に似たティーは、美しく成長したが、こうして瞼を閉じてしまえば、まだまだ幼さの面影が残っている。だがその頃よりも、もっと今の方がとても安らかな寝顔。
 幼くして様々な重みを背負ってきたティー。こうして何の気負いもなく、いられるようになるまで頑張り続けたのだろう。
 傷付き。泣いて。倒れて。起きて。血を吐くような苦しみをも味わって、身を引き裂かれるような離別を何度もさせられて。それでも頑張った彼は、こうして穏やかな顔つきをしていた。
 きっと、幸せなのだろう。そう思わせる顔をしている。
 両手にブランケットを抱え、カイルが走ってきた。傍らでティー達を見つめるゲオルグに笑いかけ、起こさないように、と人さし指を唇に当て、動きだけで言葉を押さえる。
 元より休息を邪魔するつもりは毛頭ない。ゲオルグが頷くとカイルはありがとうございます、と声に出さずに言った。
 カイルはブランケットを一旦下ろし、ティー達に寄り掛かるムササビ達を起こさないように移動させる。そして彼らにブランケットを掛けてやると、残ったティー達にも同じようにした。
 無邪気な寝顔に目を細め、カイルはティーの傍に腰を下ろす。手を伸ばし、ティーの髪を優しく梳いた。気持ちいいのか、ティーの目元は緩み、くすぐったそうに笑う。
 もし今ここに、フェリドとアルシュタートが居たならば、きっと嬉しさに手を取り合い、喜びあっただろう。それはゲオルグにとっても同じで、ティーがちゃんと幸せを手に入れられた事が、とても嬉しかった。 苦しいだけじゃない、彼の道行に胸が詰まりそうになる。目を細め、ゲオルグは静かにその場を離れる。これ以上ここに居るのは不粋だろう。
 遠ざかるゲオルグに、カイルが何も言わず手を振る。手を振りかえし、肩ごしにゲオルグは彼らを見る。

 安らぎにも似た、心休まる光景に、優しさが込み上がるのを感じた。


拍手ありがとうございました!



 

05.しあわせのあとさき


「あんたって、無鉄砲だよな」
 肌をむき出しにして晒したカイルの左腕を、ロイは見て吐き捨てた。二の腕から肘にかけて、長く走る赤く太い線。ちらりと除いたの白いものは骨だろう。重症なのは医者じゃなくてもすぐに分かる。
「明らかにあんたの方が王子さんより危ないってのに、わざわざ庇って」
「そうかもね。でも、分かってやったから」
 あっさり肯定するカイルは、痛みをおくびにも出さない。見ているロイが、流れ出る血に顔を顰めた。
「いいから。さっさと止血ぐらいはしとけよな。可哀想に王子さん、泣きそうだったぜ」
「しょうがないよ。紋章も薬も使い切った後だったしねー」
 確かに紋章は、先の戦闘で使い切ってしまっていた。薬もティーや女性陣らを優先させた為にカイルにまで回らない。幸い近くに村があった為、ティーはロイにカイルを預け、残った人間たちとで薬を求めに行った。断ろうとしたロイの返事も聞かずに。
 焦っていたティーは、青ざめていた。
「何でこんな優男がいいんだか……。あんなに必死になって」
 当のカイルは傷なんて何でもないように平然としている。傷口の上を縛り止血処置をして滴り落ちた血を見て、どうしようかと他人事のように言った。
 ロイは心からティーに同情する。こんな事が何度もあったら、心臓が幾つあっても足りない。
 リオンがティーを庇った後なら、尚更。
「……少しは、自重したら?」
「それは無理」
 即答してカイルは笑った。
「だってさー、身体が勝手に動くんだからしょうがないよ。どんなに自分が危なくても、ティー様を守らなきゃって、本能が言ってる」
「…………」
「ティー様を守る事が、今のオレの全てで、幸せ、だから」
「……あんた、たち悪いな」
「それがオレですから」
 大切な存在を守り、重症を負ったカイルはとても誇らしそうだ。きっとティーが見たら怒るだろう。そんな事をされてもちっとも嬉しくないと、カイルを叱るに違いない。カイルは謝るだろうが口だけで、多分同じ事を繰り返す。カイルにとってはティーを守る事が幸せに繋がるから。
 厄介な人間だ。
「……後先考えろ。バーカ」
「はいはい。分かってますって」
 軽い調子にやっぱり厄介だとロイは呆れ、遠くから走ってきたティーに同情を込めた溜め息をついた。


拍手ありがとうございました!
後先考えないで行動したカイルがティーを守れて幸せだけれど、他の人間は生きた心地がしないって言う感じで。