01.君が笑うから
部屋に入るなり差し出された小さな紙袋に、ティーは目を丸くしてそれを凝視した。ルクレティアに借りた兵学の本を開いたまま机に置き、目線を上のカイルに向ける。いつものしっぽを大きく振る犬の笑顔をしていた。
「……いきなりどうしたのその袋は」
「手を広げて出してくれませんか?」
問いかけには答えず、カイルはティーに催促する。理由を聞いても、同じ事の繰り返しだけになるだろう。無駄な労力は使わないほうが利口だ。ティーは言われるがまま、手を開いてカイルの前に差し出す。
カイルは袋の口を開いて、そこへとゆっくり傾けていく。飴玉が転がり落ちて出てきた。鮮やかな色彩。甘い香りが僅かに伝わる。
「シンロウ君が仕入れてきたんですって。子供達に大人気。オレが買う時はもう売り切れ間際だったんですよ−」
「……もしかして、カイルが買ったせいで買えなかった子とかいるんじゃないんだろうね?」
人気なら、手に入らず泣く子も出てくるだろう。可愛い妹を持つティーは、自分より小さな子供の涙には相当弱い。不安に眉を寄せ、訊ねてみる。
カイルは「大丈夫ですよ−」と呑気だ。
「またすぐに仕入れるらしいですし。それに、オレが買ったのはティー様の為だって、子供達みーんな分かってますから。逆に貰っちゃったぐらいですよ。王子様頑張ってーって」
だからティー様が心配する事なんて一つもないんですよ。片目を瞑り笑うカイルに、ティーは目を丸くして飴玉を見つめる。口元が緩むのが止まらない。心強い応援に胸が震えた。
なんて幸せなのだろう。小さな手から、こんなにも大きな幸せを与えられるなんて。
ティーは飴玉を一つ摘んで、口に放り込む。赤い色のそれはとても甘く、身に溜まっていた疲れや辛さが消えていく。
「カイル」
もう一つ摘んで、カイルの口へと飴玉を押し付けた。
「カイルにも一つあげるよ。疲れが消える」
言い終わる間もなく、カイルは口を薄く開き、押し付けられた飴を受け入れる。中で転がして右頬を膨らませ言った。
「確かにそうですねー。でも、オレは」
優しくカイルの視線が幸せそうなティーを映し、そして深まる笑み。
「貴方の笑顔を見ただけでも、十分疲れが吹っ飛びますけどね」
貴方が笑うから。
それだけで、オレは幸せです。
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