「うわー、寒い寒い寒ーい!」

 大した防寒具もつけず、外へ飛び出したティーに、門から出たカイルは眼を細める。辺り一面に積もった雪が、朝の日ざしに眩しく照り輝いた。
 ファレナで、ここまで雪が積もるのはとても珍しい。もともと暖かい気候であるせいか、降ったとしてもすぐ雨に変わるか、もしくは直ぐに溶けてしまう。
 いつもは起きてもなかなか寝台から降りようとしないティーは、雪が積もったと聞いて、すぐに飛び起きた。物珍しさもあるのだろう。寒いにも拘らず、テラスから見える景色では物足りないと、外にまで出てしまった。
 いつもは子供らしからぬ素振りばかり見せているが、こうしてはしゃいでいるところを見ると、やっぱり子供なんだな、とカイルは微笑ましくティーを見ていた。
 ティーは、雪の感触を楽しむように庭を歩いていた。首を巡らせ、辺りを見回し、しゃがみ込んでは雪を掬う。

「カイルー」

 ティーが掬って固めた雪を手に、戻ってきた。鼻や頬を赤くして「すごいよカイル。雪だよ、雪」と興奮気味に雪玉を手渡す。ひんやりと冷たい感触が手甲を通して伝わり、カイルは「うわあ」と寒さに身を震わせた。

「ティー様。はしゃぐのはオレ的に全然オッケーなんですけれど。せめて、きちんと防寒具来ましょうよ。手袋とか。マフラーとか。じゃないと風邪引いちゃいますよ」

 何もはめていないティーの指先は、雪に触れていたせいで、真っ赤になっていた。このまま放っておいたら、霜焼けになってしまう。
 カイルは雪玉を放って、ティーの手を包み込んだ。やはり冷たい。「ほらやっぱり!」と自分の温もりを分けるように、握りしめた。

「凄い冷たいじゃないですか!」
「平気だよこのぐらい」
「駄目ですよ。霜焼けって、あとで痒くなったりとかして大変なんですから! あとで泣きを見るのはティー様なんですよ」

 カイルは軽く腰を屈め、掴んでいたティーの手を自分の唇へと近付けた。はー、と白い息を吐き掛け、冷えている指先を温めようと試みる。
 カイルのとった行動に、ティーがたじろいだ。肩をびくつかせ「カ、カイル。そこまでしなくていいよ」と止める。

「いいえ。止めませんよー」

 カイルは半ばムキになって言った。

「ティー様が、きちんと防寒着を着るって言わない限り止めませんからー。嫌ですよねー。オレは全然構わないですけどー」
「分かった! 分かったから……! ちゃんとするから! これでいいでしょ!?」

 半分脅しの言葉に、ティーは呆気無く折れた。少し残念に思いつつ「それなら」と吐きかけていた息を止め、身を起こす。

「………………」

 ティーが、繋がれたままの手をちらちら見た。言う通りにしたのだから、早く手を離してほしいと、視線で催促している。カイルの手の中で、ティーの手が、窮屈そうにもがいた。
 カイルは小さく笑った。再びティーの手を口元に寄せると、そのまま指先にキスを落とす。
 ティーの肩が跳ね上がった。上々の反応に気をよくし、カイルはティーの手首を掴み直すと、今度は手の甲へと唇を寄せる。
 さっきまで繋いでいたせいか、口付けたそこは、温かい。

「やっと温かくなりましたね。これでちゃんと防寒着来て、それから遊びましょう?」
「………………」

 にっこり笑うカイルを、ティーは呆然と見つめる。そして、見る見るうちに顔を赤くし「――――バカ!」と自分の手を引いて、カイルの手から逃れた。

「調子に乗りすぎだ!」

 むくれて、ティーは踵を返す。どうやらやりすぎてしまったようだった。ご機嫌を損ねてしまい、カイルはやれやれと肩を竦める。
 まぁ、そこが可愛いところなんだけれど。
 こっそり忍び笑い、カイルはティーのあとを追う。

「ティー様、そんなに急いだら転んじゃいますよ」
「転ばないよ! ……って――――うわあぁっ!?」

 言ったそばから、ティーは足を滑らせた。体勢を崩すティーに「言わんこっちゃない!」とカイルが慌てて駆け出す。
 庭先に騒がしい声が響く。陽に照らされた雪は、二人の様子を見守るように優しく煌めいていた。


07/12/25
メリークリスマスー。
幻水の世界にクリスマスなさそうだなと思ったので、こんな風な話に。
せっかくなので、カイルが上手風味にしてみました。