部屋に入るなりカイルは、「今日は部屋から出ないからそのつもりで」とティーに言われて驚いた。

「どうしてですか?」

 思わずカイルは、机で本を読んでいるティーに、詰め寄って尋ねる。
 ティーはどっちかと言えば、外向的な方だ。なにかに興味を持てば、とことんそれについて調べていく努力を惜しまない。以前もリムスレーアと一緒に見た花が綺麗だった、と興味を示したことがある。他にはどんな種類があるか、書庫に通っては図鑑を調べ、時には街に出て植物に詳しい人を尋ね、かなりの細部
まで聞き出そうと尋ね続けていた。答えても答えても止まらない質問に、尋ねられた人が目を白黒させていた事を、同行していたカイルはよく覚えている。
 今もまだ、その興味は続いている。今日もてっきり書庫か城下に下りるかと、カイルは思っていたので、出鼻を挫かれた気分になる。
 カイルの問いに、ティーは頬杖をつきながらほんのページを捲りながら聞いていたが「だって、ねぇ」と溜め息をついた。歯切れの悪い返事に、カイルは眉を潜める。

「――今日は元老院で議会があるから、貴族が集まっているんだよ。下手に外に出たら、いらない騒動を巻き起こしてしまいそうだもの」

 その言葉に、カイルは納得せざるを得なかった。元老院の議会が開かれると、太陽宮にファレナの様々なところから貴族が訪れる。バロウズ派にゴドウィン派。他の派閥に属する貴族たち。そうして集まる中、どうしても出てきてしまうのがティーに対する中傷の類だ。王位継承権のない王子であるティーの立場が弱い事につけ込んで、陰口を叩く。本人がいるにも拘らず、言ってくる者もいる為に始末が悪いのが現状だ。
 ティーは傷付くのが分かっていて、外に出たくないのだろう。
 ならば、とカイルは大きく挙手をして、

「じゃあオレが代わりに」
「駄目だよ」

 行きます、と続けようとしたカイルの言葉を、ティーはすぐに遮った。本を閉じ、「絶対駄目だからね」と強く念を押し、カイルを見た。

「どうしてですか! オレこれぐらい全然平気ですから、頼りにしてくださいよー!」

 子供がだだをこねるように、カイルは言った。一日中部屋に居続けるのは暇だろう。その暇を少しぐらい和らげる事ぐらい、してあげたい。

「そういうことじゃなくて」

 ティーは身体ごとカイルに向き合い、だらりと垂れ下がった手の指を掴んだ。なだめるようにゆっくりと揺らし、きゅっと握りしめる。

「カイルの心配をしているんだよ、僕」
「え?」
「だって、カイルは僕の悪口が聞こえたら、直ぐカッとなって悪口を言った貴族に食って掛かるじゃない。そんなことになったら、騒ぎになっちゃうよ」
「う…………」

 カイルは黙り込んでしまった。ティーの言う通り、確かに彼を貶める言葉を聞いてしまったら見すごせない自信がある。
 返事に窮し、カイルは「あー、うー」と唸りながら口元を空いた手で押えた。それを見てティーは笑い「ほらやっぱり自覚してる」とからかう。

「だから今日は部屋で一日のんびりする。これでいいの。わざわざ気分が悪くなる事を進んでする必要なんて、これっぽっちもないんだから」
「……ティー様が……そう言われるなら……」

 はっきりと言うティーとは対照的に、カイルの返事は冴えない。実は今日、城下に出る際にでもお茶に誘おうと密かに目論んでいたのだが、呆気無く目論みは崩れてしまった。
 議会なんて、なくなってしまえば良かったのになー。
 自分勝手にカイルは思っていたが、再び本を開くティーを目の当たりにして思い直した。ティーと二人きり、部屋でゆっくり過ごすのも悪くないだろう。そう前向きに考え、カイルはティーの真向かいに座る。

「じゃあ、今度。今度は絶対行きましょうねー。二人きりで。二人きりで」

 繰り返し言うカイルに「分かってるよ」とティーは本から面を上げ、半分呆れたように笑った。


07/11/09
しばらく文を書いてなかったのでリハビリに。
やっぱり太陽宮時代が好き。