「――ティー様。ついてますよ、ここ」

 昼下がりの食堂。仕事の手を休め、休憩がてら甘いものを食べにやってきたティーは、カイルの指摘にスプーンを持つ手を止めた。
 もう既にコーヒーを飲んでしまいカップを脇に寄せていたカイルが、ちょいちょいと自分の口の端を指で指し示している。
「え、ここ?」と、ティーは手の甲で言われたところを拭ってみる。

「いえいえ。こっちじゃなくて、そっちですよ」

 カイルの手が伸びた。先程ティーが拭っていた箇所とは反対方向の口の端に、そっと指先を当てる。剣を振う人間特有の、すこしざらついた皮膚の感触に、「……あっ」とティーは思わず肩を跳ね上げた。

「ほら、ここ。クリームがついちゃってます」

 目元を柔らかく緩ませて、カイルは優しい手付きでティーの口の端についていたクリームを拭う。そして手を戻すとそのまま、指についたクリームを舐めてしまった。
 カイルの口元をじっと見つめていたティーが、何故か顔を曇らせる。視線に気付いたカイルが目線をティーに向けた。意図せず合ってしまった視線に、ティーは思わず赤面し、恥ずかしさから俯く。
 途端に、カイルの表情が、意地悪な色へと変わってゆく。行儀悪くテーブルに肘をつき、ティーの方へ身を乗り出して「どうしたんですか?」と聞いてきた。
 理由なんて、分かっちゃってるくせに。
 見通され、ティーは悔しさからじろりとカイルを睨み付けた。けれどその反応も見越しているんだろう。カイルは慌ても驚きもしなかった。

「もしかして、キスする時のこととか思い出しちゃったとか?」
「っ」

 ティーの頬が更に赤くなった。
 キスをする時、たまにカイルはティーの唇をなぞるように指先を滑らせる。その時のくすぐったさや、微かに伝わる温もりを感じ、ティーはいつも恥ずかしくなって――それから心が満たされてゆくのを感じていた。
 クリームがついているからと、唇に触れた指先が、キスをする時の既視感を感じてしまった。
 一瞬、本当にキスされると思ったのだ。けれど、指先はすぐに離れ、何事もない。
 言える訳ないだろう。キスされなかったのが残念、だなんて。離れてゆく指先を見つめ、残念に思ってしまったことを、ティーは恥ずかしかった。これではまるで、カイルからのキスを、こちらから望んでいるようではないか。

「………………」
「ティーさまぁー?」

 黙ってしまったティーに、にやにやと笑いながら、カイルが顔を近付けてくる。近づいてくるカイルに、ティーは精一杯の虚勢を張ってそっぽを向いた。

「うるさいな。別に僕が何考えたっていいでしょ?」
「ま、そうですけどね」

 簡単に引き下がりながらも、カイルの表情はにやけたままティーを見ている。
 やぶ蛇だったかも。失言に頭を悩ませながら、ティーは逃げるように食べかけのデザートに手を伸ばした。
 さっきまでは美味しかったデザートは、心臓のドキドキに負けて、それから何の味もしなかった。



07/09/19
やっぱり剣とか振うんですから、指先とかたこできて節くれだってるんでしょうかねー。
ざらついてたり。大きかったり。そんな些細なことで王子もドキドキしてくれればいいなと。