食堂でゲオルグが席に着いていた。またシンロウから買ったチーズケーキを食べているんだろう。いつもの光景を通り過ぎかけ、カイルは前に置かれているものに、目を丸くした。
 後退してテーブルの横に行ってみれば、皿に乗っているのはチョコレートケーキ。全体がチョコレートでコーティングされた素朴なものだが、味は良いらしい。もう既に半分無くなっていた。

「ゲオルグ殿めっずらしー。チーズケーキじゃないんですね」
「――お前も食べるか?」

 ゲオルグが食べている途中のケーキが乗った皿を、カイルに差し出した。食べかけと言うのもあるが、見てからに甘ったるそうなケーキに、カイルは「オレはいいですよー」と丁寧に断る。

「そうか」

 あっさりゲオルグは引き下がり、皿を戻す。そして持っていたフォークをケーキに入れ、再び食べ始めた。
 相変わらずの甘味好きに、カイルは口元を軽く上げ、向いの席に座る。

「で、どうしてチョコレートケーキなんですか?」
「……なんだ、お前知らないのか?」

 食べていたケーキを咀嚼して、ゲオルグは意外そうに言った。

「今日は甘いものをいくら食べても咎められない日なんだぞ」
「絶対違うでしょそれ。絶対違う」

 ゲオルグの言うとおりだったら、彼にとっては毎日そうだ。
 カイルは語尾を強めてもう一度尋ねる。

「で、何なんです?」
「女性が好きな男にチョコレートを送って、ついでに愛を告白するんだそうだ、今日は。シンロウがそう言いながら、仕入れたチョコを売っていたぞ」
「………」

 まるでチョコレートが主体になっているように言われているが、本当は告白の方が重要ではなかろうか。それにかこつけてチョコレートを売るシンロウに、カイルは商魂の逞しさを見た。女心を掴んで、うまく利益を上げている。

「………ん? てことはじゃあ……、ゲオルグ殿誰かに告白されちゃったとか?」

 ゲオルグが食べているチョコレートケーキに秘めた思いを考え、カイルは頬を緩ませる。滅多に聞かない同僚の色めいた話に、自然と心が踊る。
 だがゲオルグは表情を変えずに言った。

「ああ、今日はその日にちなんで特別メニューとして出てたんでな。たまには別のものも食べてみようと頼んだだけだ」

 つまらない答え。大袈裟にがっかりして、カイルは椅子の背に凭れて「なーんだ」と仰け反りじたばたした。

「つまらないのー……」

 仰け反ったまま後ろを見ると、逆さまの視界の中、小さな包みを手にした女性が通り過ぎていく。俯きがちに頬を染めている所を見ると、これから思いを寄せる男性にでも告白しに行くんだろう。緊張している姿が、何だか可愛らしく見える。
 シンロウの商魂は兎も角、こうして女の子が勇気を出せる日があるのはとても良いことだ、とカイルは思う。好きな人と思いを通じさせるには、勇気も必要になる場面だって出てくる。自分の気持ちを後押しさせるにも、こういう日はありがたくなるに違いない。

「あ」

 カイルは体勢を直し、ゲオルグを見た。面白いことを思い付いた子供のように、目が輝いている。

「ねー、ゲオルグ殿」
「………何だ?」

 最後の一切れを口に運び、ゲオルグは表情の明るいカイルを見返す。

「それって――――」

 身を乗り出し、ひそひそとカイルはゲオルグに考えていることを話す。聞いていくうちに、ゲオルグの表情はだんだんとうんざりしたものへと変わる。

「………勝手にすればいいだろう」

 話を聞き終わり、ゲオルグは深々と溜め息をついた。

「だが、そういうのは余所でやってくれ。見てしまったら胸焼けしそうだ」
「そんだけ食べておきながらよくもまあ言いますね」

 まっ、そのつもりですけど。
 そう言い残し、カイルは席を立つ。「じゃあ」とゲオルグに手を振って別れ、足を厨房の方へと向ける。


 ノックの音に、机で書物を読んでいたティーは顔を上げた。

「――カイル?」

 聞き慣れたノックに、ティーは直ぐさま来訪者の名前を言い当てる。護衛のリオン以外で、居室を訪ねる数が多い人間は、ごく僅かに限られていた。

「なんだ、分かっちゃいましたか? ティー様にはかないませんね」

 扉が開き部屋に入ったカイルに、ティーは軽く肩を竦めた。

「カイルの場合、分かりやすすぎだもの」
「うわ、ひっどいです! せっかく会いに来たのに」
「やることほっぽいて来てほしくはないな」
「そんなー……」

 つれない対応に、カイルはしょんぼりする。大きな体格の男が小さくなる様子をそっと見て、ティーはくすりと笑った。

「ごめん」

 席を立ち、カイルの肩を軽く叩いた。

「こっちはちょうど一段落したから。少しぐらいはいても構わないよ。……それで、一体何の用?」
「これを持ってきたんですよー」

 カイルは入って来た時から、後ろ手に隠していた箱をティーの前に出した。片手で底を支え、もう片方の手で蓋を開ける。

「わぁ……」

 箱に納められていたチョコレートケーキを見て、ティーは思わず感嘆の声を上げた。

「どうしたの、これ」
「ティー様知ってます? 今日ってチョコレートを好きな人にあげる日なんですって。それに毎日頑張っているから、疲れてるでしょ? 疲れている時には甘いものって言うし――、ちょっとは休んでほしいなって」
「あっ、ああ……、僕も今日聞いたよ、そういう日なんだって」

 でも、とティーは戸惑い気味に上目遣いでカイルを見た。

「でもどっちかと言うと……カイルは貰う方じゃないのかな? 女の人が男の人にってことなんでしょう?」
「そうかもしれないですけど。オレは他の人に貰うより、ティー様にあげたいなーって思ったんで。……受け取ってもらえますか」

 そっとケーキの箱を差し出すカイルを見て、ティーはふわりと頬を染めて笑った。ゆっくり手を伸ばし、ケーキを受け取る。

「ありがとう……。すごく嬉しいよ」
「良かった。受け取ってもらえてこっちこそ嬉しいですよー」

 にこにこ笑うカイルに、ティーは「あ」と困ったように声をあげた。

「でも、だとしたら……僕もカイルに何かあげた方がいいのかな? だって貰ってばっかりじゃ悪いし」
「オレとしては受け取ってもらえるだけでもじゅーぶん嬉しいんですけどね。……じゃあ」

 カイルはティーの顔を両手で包み込んだ。ゆっくり上を向かせて、愛しい表情で笑いかける。

「貴方のキスを、オレにください」

 静かに、唇が、重なった。



 その後、キスだけでカイルが終われる筈がなかった。そのままどんどん行為が進み、ティーがケーキを食べられたのはさんざん寝台の上で鳴かされた後。
 やっぱりカイルは、とぶつぶつ文句を言いながらもケーキを食べるその横で、カイルはとても幸せそうに笑っていた。

 


07/02/14
バレンタイン小話でした。
たまには時期ネタもやりたかったので。
うちの王子じゃ絶対意地はって渡さなそうなんで、カイルから渡してもらいました。
あまーい。