広い太陽宮の庭。その一角にぽつりと建っていた東屋に、カイルの捜している人物は居た。背中を向けてぼんやりと景色を眺めている。
足音を立てても気付かないのは、考え込んでしまっている証拠。きっとまた、場所を弁えない何処ぞかの貴族が言った心無い言葉に、胸を痛めているんだろう。本人は何も悪くないのに、継承権を持たない『不要の王子』と言う目に見えないモノが、謂れない誹りを増長させ、小さな子供の心を傷つける。
カイルはすう、と息を吸って眉間の皺を消し、笑顔を作った。
「ティー様ー」
殊更大きく元気な声で相手を呼ぶと、いきなり声を掛けられて、びくりと小さな肩が跳ねた。振り向き、やってくる女王騎士の姿に、よく晴れた空色の瞳を丸くする。
「――カイル」
「不良騎士参上しましたー」
「あれ? どうしたの? 今はまだ公務の時間じゃないの?」
不思議そうな問いかけに、「いや実はですねー」とカイルは大袈裟に肩を竦めた。
「これから城下の見回りに行くんですけど、困った事が起きちゃって」
「…………なに?」
怪訝にティーは首を傾げる。
「ミアキス殿が俺に難題を押し付けたんですよー。今日は行き付けの店で新商品が何種類も出るからって、それをオレ一人で買いに行けって」
「ああ」とティーは納得した。ミアキスは甘いものには目がない。新しい商品が出たら買いたいと思うのは、当然の事だろう。
「ミアキスが行かないの?」
「ミアキス殿はこれから武術の訓練がありますから。……流石にガレオン殿相手にサボりなんてしちゃったら、後がおっそろしいですし」
「確かに」
実直で真面目なガレオンが、サボりを許す道理はない。いつもは奔放なミアキスと言えど、そこまでの無茶は出来なかったようだ。何だか可笑しくなってティーは笑い、カイルを見上げた。
「だからカイルが代わりに?」
「――ええ。買ってすぐ食べられないのが悔しいから、沢山買ってこいって言われちゃいました。しかも代金後払いですよー」
ひどいですよねー、と腕を組んで頬を膨らませるカイルに、ティーの笑みは更に深くなった。
「ミアキスだもん。しかたないよ」
「その一言で片付けてほしくなった気もしますけどね…………」
ふう、と溜め息を尽きながらもカイルの表情は明るい。さっきまでは落ち込んでいただろうティーが、笑ってくれるのがとても嬉しかった。
やっぱりこの人の笑顔が好きだ。
再認識しながら、カイルはティーに手を伸ばす。
「ね、よかったら一緒に行きません?」
「え?」
「だって一人じゃ持ちきれそうにないですもん。付き合ってくださいよ」
「僕に言う?」
もし他の人間から見れば、王族を私用で付き合わせるなど不敬だ、と思われるだろう。それをティーは暗に匂わせているが、その表情もまた、カイルと同じで満更でもない。
ええ、とカイルが頷けば「しょうがないな」とカイルの手を取り、立ち上がる。
「僕にも何か奢ってほしいな。ミアキスのよく行く店なら、美味しさも保証出来そうだし」
「ちゃっかりしてますねー」
カイルは苦笑しながら「いいですよ」と頷いた。
「あんまり沢山買わないでくださいよ? 二人でも持ちきれなくなったら大変ですから」
「分かってるよ」
笑うカイルにティーもつられ、二人はそのまま東屋を後にした。
「ねぇ、買ったらミアキスの稽古が終わるの待ってお茶にしよう。リオンやリムも誘って」
「いいですねぇ」
「うん。楽しくなりそうだ」
そう言ったティーの笑顔が、とても綺麗だ、とカイルは思った。
そして願う。
――少しでもこの笑顔が長く続きますように。
07/01/18
これ今度出す女子王子本の序盤にしようと思ったんです。
けど書いてみてあんまりいらなさそうだったので切って書き直して、こちらにアップ。
たまには甘く。甘く。
こんな日があっても良いだろうと思う。
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