不本意にも昔カイルに泣き付いたことがある。
 それはとても風の強い夜で、けたたましく窓を叩く音が怖かった。耳奥から脳へ伝わる度、とても恐ろしくて頭からすっぽり毛布を被っても眠れない。
 今までは寝台の隅で夜が明けるまでひたすら耐えていたが、その時は――カイルが護衛で隣室にいたことを知っていたせいもあって部屋を抜け出した。
何かと面倒見がいい彼なら、もしかして助けてくれるだろう。
 だけど、つまらない自尊心が行動を邪魔する。カイルに弱みを見せたくなくて、そのまま扉の前でうろうろした。縋ってしまいたい気持ちと、頼りたくない気持ちがせめぎあって悩む。
 そして六度目のノックを試みようとして「…ティー様?」と真後ろからいきなり声が聞こえた。大袈裟に肩を跳ね上がらせてしまう。
 ……それから後のことはあまり思い出したくない。とにかく顔から火が吹き出そうな程恥ずかしくて、やっぱりカイルに頼るんじゃなかったと思ってしまう。
 その日からカイルは風が強く吹く夜が来る度、部屋にやって来る。来なくていい、と突っ撥ねても聞かず「一人にさせるわけには行きません」とカイルは微笑む。
 それを見る度、胸の奥がむずむずして痒くなる。

 ――そう、例えば今みたいに。

 肩まで毛布を持ち上げられながら、ティーは不服そうに目線を上げた。一緒の寝台に潜り込んで、カイルがティーに毛布を掛けている。いつもの女王騎士見習いの鎧ではなく、楽に寛げる寝間着姿。それでも剣は手放さず、何時でもティーを守れるよう、側に立て掛けていた。
 ばぁん、と風が窓を叩いていく。幸か不幸か、ティーはすぐ近くのカイルに緊張していたせいで、いつもは怖がってしまう音に気付かずにいた。心臓がどきどき煩くて、顔が熱い。
 何だか悔しくて睨んでいると、鋭い視線に気付いたカイルが「どうかしました?」と横になり同じ高さで見つめてくる。

「怖いですか風の音。眠れます?」
「だっ誰が」

 ティーは強がってカイルに背を向ける。

「別に怖くないよ。子供じゃあるまいし」

 むしろ違う意味で眠れないのだ。まだ仄かに冷たいシーツにほてった頬を押し付け、ティーは平静を取り戻そうとする。

「駄目ですよ。そんな端っこに寄っちゃ。寒いんですから、手足が冷えちゃいます」

 カイルは腕を伸ばし、ティーの肩を掴んだ。そのまま自分の方へ引き寄せる。背中にカイルの胸板が当たり、ティーの脈拍は一気に上昇した。

「なっ、わっ」
「ちゃーんとあったかくしないと寝なきゃ、風の音が余計に聞こえちゃいますからねー」

 ぎゅうぎゅうに抱き締められ、身体が密着する。カイルに背中を向けていたお陰で、顔が見られなかったことにティーは安堵した。もし向き合っていたら、ばっちり赤くなった顔を見られただろう。
 慌てるティーの気持ちも知らず、カイルは銀髪から覗く首筋に鼻を寄せ、心地よく息を吸い込む。

「ティー様、いい匂い……。オレ気持ち良く寝れそうですよ……」

 風呂上がりから時間が経っても尚、消えない石鹸の匂いを一杯にカイルは吸う。ティーの温もりもあいまって、とても心地よい。
 一日頑張って護衛をしてきたせいだろうか。途端に身体が重くなって、カイルは急速に眠りへと落ちていく。

「大丈夫ですからねーティー様。オレがここに居ますから、怖がらないで、一緒に……ねま…しょ………」

 言い切る前にカイルは完全に眠ってしまった。ティーの首筋に鼻を埋めたまま、すうすう寝息を立てる。
 ティーはカイルの息が首に掛かって、堪ったものじゃなかった。くすぐったくて落ち着かず、眠れない。
 けたたましく風が吹いても気にならなかったが、今度はカイルを意識しすぎてしまう。がっちり自分を閉じ込めたままの腕は動かず、温もりを逃がすまいと引き寄せてくる。
 逞しい腕に抱き締められ、ティーはカイルの息が掛かる。その度に叫びたい衝動にかられ、途方に暮れた。
 やはり風の強い夜は苦手だ。風が怖いのもそうだけど、その度にやって来るカイルに心臓が破裂してしまいそうだから。

「……勘弁して……」

 心底困ったティーの呟きは、寝ているカイルに届かず、そのまま風の音で消されていった。



06/12/23
長い事文章書いてないのでリハビリその2
風を怖がる王子を眠らせてあげようとして自分が先に寝ちゃったカイルさん。
過去捏造本『Dearest〜』の設定を微妙に使ってますが、続いている訳ではないです。そもそもうちのティーがその時点では、まだカイルの恋心を自覚していないので。