ゆっくりとした足音が聞こえてきた。
「…………?」
殆どの人は下の会場に居る筈だ。ティーもここに行くとは誰も思っていないだろう。
不可解に首を傾げている間にも、足音はどんどん大きく近付いてくる。それは階段を登る音へと変わって、ティーは今の格好を見られる恥ずかしさに思わず物陰に隠れた。息を潜め、早く相手がいなくなりますようにと祈る。
どうやら最上階についたらしいその相手は、テラスのほぼ中央で立ち止まり、何かを探しているようにしている。
早くいなくなって。
そう願うティーの思いとは裏腹に、それは真直ぐこちらの方へと近づいてきた。
見られる!
ティーは今の姿を見られることを覚悟して、目を閉じた。ばくばくと心臓が高鳴り、相手の反応を窺う。
「…………」
微かな溜め息が聞こえ、上から何かがティーの頭にかぶさってきた。目を開けると視界は完全に真っ暗になってしまっている。掛けられたものをそこの端から出した手で引っ張り見てみると、それは黒い外套だった。微かに煙草の匂いがする。
「それでも掛けとけ。ここは寒いから風邪ひくぞ」
「………シグレ」
「ったくあの女王騎士のねえちゃんにも困ったもんだな。ほら、はやくしろ」
「う、うん」
言われるがまま外套を羽織り、物陰から出る。そこでようやくティーはシグレがいつもの服装とは違うことに気付いた。いつものラフトフリートの装束ではなく寧ろレインウォールの方の服に近い。黒を基調としていて、首に巻かれたスカーフの赤がいやに映えている。結わえていた髪も解けられ、吹いた風にゆるりと靡く。
首が締って鬱陶しいのか、シグレがスカーフを緩めた。その手付きや、普段見られない素肌に、思わずティーの頬は赤くなる。何度か閨を共にした時見てきたのに。些細な仕草と相まって、とても恥ずかしい。
見慣れない、その服装のせいだろうか。
「………それ、どうしたの?」
誤魔化すように尋ねると、シグレは「ああ?」と不機嫌そうに声を出した。
「だから、その格好」
「これか………、ガキ達の仮装衣裳の中にどうしてだか大人用のが混じっててな。何故か俺が着る羽目になったんだよ」
「素直に着たんだ」
「冗談言うな。………オボロのおっさんたちがあまりにもしつこいから根負けしたんだよ。………サギリまで混じりやがってよ………」
ついてない。
愚痴を零すシグレに、ティーはくすくすと笑いを零した。だがそれは直ぐに出てきたくしゃみに邪魔をされる。薄手の服で長居をし過ぎたせいだろう。シグレから借りた外套を羽織って、胸元にかき寄せると小さく身震いした。
「………わざわざ捜しに来て正解だったな」
「………え?」
「なんでもねえよ。それよりほら、ちゃんと結べ」
シグレはティーの前に立ち、外套の前にある紐をきちんと結わえる。きちんと体全体が隠れるように整えると「ほらよ」と手を差し出した。
「今なら着替えを取りに行くことも出来るだろ。行くぞ」
「うん」
手を繋ぎ階段を降りる。静かな廊下に二人分の足音が大きく響いたが、ティーにはとても心地よく聞こえた。隣にシグレがいるだけで何もかも安心出来る。
「こんな格好させられたのは、恥ずかしかったけど。でも祭は楽しかったよ」
「そうか」
「僕、今までこういうのやったことなかったから」
周りの目を気にして、家族に心配を掛けないよう振る舞ってきた日々では、こんな風にはしゃげた時なんて数える程しかない。だから、今日は本当に楽しかった。
「みんなも楽しそうで………」
「俺は、お前が楽しくなけりゃ意味がない」
「え?」
立ち止まり、シグレが振り向いた。首を傾げて見つめてくるティーに口の端を上げ、そっと耳元で囁く。
「Trick or treat?」
お菓子か悪戯か。
「お前はどっちを選ぶ?」
「…………」
シグレにつられて、ティーも笑った。
「残念だけど、お菓子は持ってないんだ」
「そうか、なら」
----------イタズラさせてもらおうか?
ゆっくりティーの顎を掴んで上を向かせ、シグレはそっと恋人の唇に自分のそれを落とす。甘いキスを受け入れ、ティーはこっそり笑う。
「……こんなのイタズラのうちにはいらないよ」
「そうか?」
そう言いながらシグレは笑い。またティーの唇にキスをした。
シグレ=吸血鬼コスプレだと思っていただければ。
だんだんシグレは甘いの担当になりつつあるよ。
思えばこれがちゃんとしたシグ王だなぁ………。
シグレ、大好きです。カイルも好きですが、シグレも好きです。
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