「じゃーあー、ロイ君には姫様の仮装をしてもらいましょうかぁ」

 両手の指をわきわきと動かしにじり寄るミアキスに、標的となったロイが手で自分を盾にしながら後ずさる。ミアキスの後ろではラハルがにこやかな笑顔で化粧道具を持ち、さらにその後ろでリュ−グが胡乱な目をして衣裳を山程持たされていた。
 掴まったらどうなるか。
 そんなの、考えるまでもない。
 ロイは以前ティーの策略によってミアキスに掴まり女装させられたことを鮮明に思い出しながら、その時の元凶を探した。

「あっ、おいテメー、何処行きやがる!!」

 気配を消してそそくさと部屋を出ようとしていたティーを目敏く見つけ、ロイは逃がしてたまるかと大声を張り上げた。ティーは肩を竦ませ固まり、ロイを振り向く。ぎこちなく口の端を上げ笑うが、ロイは誤魔化されない。

「自分だけ逃げようだなんて、そうはいかないからな!」
「そんなこと言ってていいんですかぁ? 余裕ですねぇ〜」
「なっ」

 ティーに気を取られている隙に合間を詰め寄られ、ミアキスがロイのすぐ近くまで来ていた。これからすることが楽しみでしかたがない。そう言っているような笑顔でロイに手を伸ばす。

「ちょ、やめ、ばっ…………!!!」
「覚悟してくださーいっ! 行くよ、ラハルちゃん!」
「ああっ」
「ぎゃああああああ!!」

 嬉々としてミアキスとラハルはロイの服に手をかけると容赦なく脱がしはじめた。どんなにロイが抵抗しても怯まず、ただ己の欲求を満たす為に我が道を突き進んでいく。
 ティーはさっきまでそのまっただ中にいたんだな、と今更ながら恐怖した。ロイがちょうど入ってきてくれて助かったと胸を撫で下ろす。
 横目でティーをちらりと見、リュ−グがはやく外に出るように小さく手を振って促してくる。このまま部屋にいたらまたいつか矛先が向かうか分からない。ティーはその言葉に素直に従い外に出る。
 静かに閉めた扉の向こうで、ロイの怒声が響いた。



 せっかくですから、気晴らしもかねてちょっとしたお祭りでもしましょう。
 ルクレティアの発言で行われることになった収穫感謝祭はフェリムアル城内だけの小さな祭りだった筈だが、ふんだんに振る舞われる料理や酒、それに彩り鮮やかな仮装のおかげで思ったよりも大分賑わって来ている。
 トーマやシュンミン達、小さな子供が仮装してお菓子を貰いにいっている姿は可愛らしく、見ていて微笑ましい。こんな風にみんなが楽しんでくれるなら、やった甲斐があった。
 そうティーは思っていたが、ミアキスの『王子もついでに仮装しちゃいましょうよ−』の一言でさっきまでの楽しさは粉々に打ち壊される。こっちの返事も聞かずに乗ってきたラハルの手によってあっという間に個室まで連れ去られ(リュ−グは何とか止めようとしていたが、全くの無駄に終わってしまった)抵抗虚しく着替えさせられてしまった。多分ロイが来てくれなかったらもっと色んなことをさせられていただろう。
 何とか魔の手からは逃げ延びれたが、ティーは会場に足を向けられなかった。今している格好が恥ずかしすぎて、出てきた瞬間城の注目を一心に集めると自分でも分かっていたからだ。

「大体なんでこんな格好………」

 ティーは一人ごち、服の端を摘んだ。持ち上がった生地の分、足の肌がむき出しになって慌てて元に戻す。だがそれでもあんまり変わり映えがしない露出の多さに泣きたくなる。
 着せられたのは、以前ジョセフィーヌが手作りしたひいらぎの精の衣裳だった。やたらとスカートが短くて、ひらひらしている。袖も裾も殆どないワンピースのようなその服は、ほっそりとした手足を際立たせている。
 こんなの誰にも見せられない。と言うか見せたくない。
 頭の中にとある人物が浮かぶ。ティーは頭を振ってその残像を消した。彼にだけはどうしても見せたくない。見られたら、と考えるだけでどうしようもなく恥ずかしくなる。
 着替えようにも、服は今ごろミアキス達がロイに仮装させている部屋に置いてきてしまっている。おめおめと帰って、また標的になる訳にも行かない。

「………」

 ティーはゆっくりと祭の会場とは反対方向へと歩き、塔へと続く階段に足をかけた。



 塔の最上階はいつもと変わらず静かだ。ゼラセも用事があるのか、姿が見えない。
 ティーはテラスの欄干に凭れ、眼下で繰り広げられる祭の様子をぼおっと見つめた。最近戦い続きで疲弊している人数が増えてきている。この祭で少しでも精気を養ってもらいたかった。明日からはまた、いつもと変わらない、いつ大きな会戦が来るかもしれない日々に戻るのだから。
 夜風に当っていると、徐々に気持ちが落ち着いて、ティーは改めて自分の格好がいかに恥ずかしいか再確認する。出来ることならさっさといつもの服に着替えたいが、ミアキス達が出ていかなければそれも無理だろう。ひいらぎの精の服は薄手で、このまま風に当ると身体に毒だ。
 どうしようか。
 ティーが悩んで考えていると、ふと下がにわかに騒がしくなる。覗き込んでみると、ミアキスとラハルが真ん中にロイを挟んで会場に出てきている。哀れ、ティーの身替わりになったロイは見事に仮装----と言うより女装と言った方が適切かもしれない----城の注目を一心に集めていた。
 今だったら、あの部屋に誰もいない。
 表情を明るくし、急いで部屋へと戻ろうとしたティーの耳に、


 →階段から軽快な足音が聞こえてきた。
 →ゆっくりとした足音が聞こえてきた。























 





 階段から軽快な足音が聞こえてきた。

「…………?」

 殆どの人は下の会場に居る筈だ。ティーもここに行くとは誰も思っていないだろう。
 不可解に首を傾げている間にも、軽快な足音はどんどん大きく近付いてくる。そしてティーが振り向く間もなく、それは突進するように後ろから抱き付いてきた。「うわっ!」と大声を上げるティーの目に、毎日見ている金色の髪が映る。

「ティー様やっと見つけたーっ!」
「カッ、カイル!?」

 意表もつかない行動に目を白黒させるティーに、カイルは「そうですよー。貴方のカイルです」と言いながら楽しげにいつもはマフラーに隠されている首筋に鼻をすり寄せた。

「ティー様ったらかーわいいー。どうしたんです、その格好!」
「ちょ、わっ、ばっ……!」
「こんなに生足出しちゃうなんて…。触ってくれって言ってるようなものですよー? ほらこんな風に」

 カイルの手がするりとティーの腿を撫で上げる。タイツ越しではない、直に触れられる感触にティーの背中に寒気が走った。

「ちょっとやめ…っ」

 肩越しに睨んで咎めるがカイルは聞かない。それどころかティーが抱き締められ身動きがとれないのをいいことに、図に乗ってさらに手を進めていく。
 フリルのついた短いスカートの中まで指が届いた時、とうとうティーの怒りは頂点に達し「いい加減にしろっ!」とカイルの下に体を滑り込ませて投げ飛ばす。冷たい石床に背面をしたたかに打ち付け「ティー様ひどい」とカイルは涙目になる。

「いつもやってることじゃないですかー…」
「その度に痛い目にあってるの都合よく忘れないでよね!」

「…呆れた」とティーは疲れて肩を落とし、そこでようやくカイルの装いが常と違う事に気付く。女王騎士の鎧はそのままだが、両手足と頭にウルスに似せた装束品がつけられている。見た目や毛の質感は本物と遜色なく、改めて見てみるとまるでその部分だけウルスになってしまっているように見えた。

「何、その格好」

眉を潜め、怪訝にティーは尋ねる。

「ちょっとした趣向で今日の日の為に作られたものですよ」

 カイルは起きて床に座り、ティーを見上げて応えた。

「感謝祭が少しでも楽しくなりますようにーって。ほら尻尾も」

 後ろ手に取り付けられた尻尾を見せられ、よくもまあそこまで、とティーはある意味感服する。

「似合ってます?」

 わくわくしながら子供の目でカイルが聞く。あまりにも子供っぽすぎる表情に思わずティーは絆され「…まぁ似合ってるんじゃない?」と応える。

「本当ですか!?」

 カイルは破顔して立ち上がると嬉しそうに再びティーに抱き付く。

「ここに来るまで会う人みんなにそう言われましたけど、ティー様に言われるのが一番嬉しいですー」
「………」

 確かに女性に目がないわ、自分にも事あるごとに抱き付くわだと、どうも身の危険を感じてしまう。そこまで考え、ティーは、はっと自分の置かれている危険を悟り、身体を強張らせた。

「ティー様ー」

 案の定、どこか熱を含んだ声でカイルが名を呼ぶ。

「な、なに」
「オレ、お菓子はいらないです。甘い物苦手だし」
「それ以上聞きたくないので離してください」
「どうせならティー様にいたずらしたい方がぶっちゃけお菓子を貰うより何倍もいいです」

 やばいやばいと警鐘がティーの頭に鳴り響く。もがいて、カイルの腕から逃げようと試みるが抱き締める力は強く、さっきみたいに投げ飛ばそうとしても先読みされ、ティーの身体はそのまま横抱きにされ宙に浮いた。
 にっこりとティーを見下ろしカイルが笑う。
 
「Trick or treat?」
「………え?」
「とは言っても選択肢は一つしかないんですけどねー、オレ的に。と言う訳でイタズラさせてもらいまーっす」

 高らかに宣言し、カイルはティーを抱えたまま歩きだした。

「ちょっ、何処行くの!?」
「貴方の部屋ですよ−。風邪引かせちゃいけませんしね」
「やだって、やだやだやだ!!」
「ええっ? もしかしてここでしたいとか言うんですか? 大胆ですねー」
「そうやって自分の言い様に解釈しないでよ、馬鹿!」
「はーい、聞っこえませーん」

 うう、と恨み声を上げながらティーはうきうきと階段を降りるカイルを睨む。その頭につけられたウルスの耳に、本当に良くお似合いだ、と内心皮肉った。


「このケダモノが……………」


 そんなティーの呟きはカイルにまで届かず、その後ひいらぎの精はウルスに美味しくたべられたのは言うまでもない。





ウルス=狼男=カイル(ケダモノ)
うちのカイルは本当にケダモノですね!(イイ笑顔)
もういっそエロ担当でもいいや、うん。

















 





 ゆっくりとした足音が聞こえてきた。

「…………?」

 殆どの人は下の会場に居る筈だ。ティーもここに行くとは誰も思っていないだろう。
 不可解に首を傾げている間にも、足音はどんどん大きく近付いてくる。それは階段を登る音へと変わって、ティーは今の格好を見られる恥ずかしさに思わず物陰に隠れた。息を潜め、早く相手がいなくなりますようにと祈る。
 どうやら最上階についたらしいその相手は、テラスのほぼ中央で立ち止まり、何かを探しているようにしている。
 早くいなくなって。
 そう願うティーの思いとは裏腹に、それは真直ぐこちらの方へと近づいてきた。
 見られる!
 ティーは今の姿を見られることを覚悟して、目を閉じた。ばくばくと心臓が高鳴り、相手の反応を窺う。

「…………」

 微かな溜め息が聞こえ、上から何かがティーの頭にかぶさってきた。目を開けると視界は完全に真っ暗になってしまっている。掛けられたものをそこの端から出した手で引っ張り見てみると、それは黒い外套だった。微かに煙草の匂いがする。

「それでも掛けとけ。ここは寒いから風邪ひくぞ」
「………シグレ」
「ったくあの女王騎士のねえちゃんにも困ったもんだな。ほら、はやくしろ」
「う、うん」

 言われるがまま外套を羽織り、物陰から出る。そこでようやくティーはシグレがいつもの服装とは違うことに気付いた。いつものラフトフリートの装束ではなく寧ろレインウォールの方の服に近い。黒を基調としていて、首に巻かれたスカーフの赤がいやに映えている。結わえていた髪も解けられ、吹いた風にゆるりと靡く。
 首が締って鬱陶しいのか、シグレがスカーフを緩めた。その手付きや、普段見られない素肌に、思わずティーの頬は赤くなる。何度か閨を共にした時見てきたのに。些細な仕草と相まって、とても恥ずかしい。
 見慣れない、その服装のせいだろうか。

「………それ、どうしたの?」

 誤魔化すように尋ねると、シグレは「ああ?」と不機嫌そうに声を出した。

「だから、その格好」
「これか………、ガキ達の仮装衣裳の中にどうしてだか大人用のが混じっててな。何故か俺が着る羽目になったんだよ」
「素直に着たんだ」
「冗談言うな。………オボロのおっさんたちがあまりにもしつこいから根負けしたんだよ。………サギリまで混じりやがってよ………」

 ついてない。
 愚痴を零すシグレに、ティーはくすくすと笑いを零した。だがそれは直ぐに出てきたくしゃみに邪魔をされる。薄手の服で長居をし過ぎたせいだろう。シグレから借りた外套を羽織って、胸元にかき寄せると小さく身震いした。

「………わざわざ捜しに来て正解だったな」
「………え?」
「なんでもねえよ。それよりほら、ちゃんと結べ」

 シグレはティーの前に立ち、外套の前にある紐をきちんと結わえる。きちんと体全体が隠れるように整えると「ほらよ」と手を差し出した。

「今なら着替えを取りに行くことも出来るだろ。行くぞ」
「うん」

 手を繋ぎ階段を降りる。静かな廊下に二人分の足音が大きく響いたが、ティーにはとても心地よく聞こえた。隣にシグレがいるだけで何もかも安心出来る。

「こんな格好させられたのは、恥ずかしかったけど。でも祭は楽しかったよ」
「そうか」
「僕、今までこういうのやったことなかったから」

 周りの目を気にして、家族に心配を掛けないよう振る舞ってきた日々では、こんな風にはしゃげた時なんて数える程しかない。だから、今日は本当に楽しかった。

「みんなも楽しそうで………」
「俺は、お前が楽しくなけりゃ意味がない」
「え?」

 立ち止まり、シグレが振り向いた。首を傾げて見つめてくるティーに口の端を上げ、そっと耳元で囁く。

「Trick or treat?」

 お菓子か悪戯か。

「お前はどっちを選ぶ?」
「…………」

 シグレにつられて、ティーも笑った。

「残念だけど、お菓子は持ってないんだ」
「そうか、なら」

 ----------イタズラさせてもらおうか?

 ゆっくりティーの顎を掴んで上を向かせ、シグレはそっと恋人の唇に自分のそれを落とす。甘いキスを受け入れ、ティーはこっそり笑う。

「……こんなのイタズラのうちにはいらないよ」
「そうか?」

 そう言いながらシグレは笑い。またティーの唇にキスをした。



シグレ=吸血鬼コスプレだと思っていただければ。
だんだんシグレは甘いの担当になりつつあるよ。
思えばこれがちゃんとしたシグ王だなぁ………。
シグレ、大好きです。カイルも好きですが、シグレも好きです。


06/10/31