ある日のことです。
フェリムアル城にある、オボロ探偵事務所から出たティーは、廊下を歩いているシグレを見つけました。
さっそく声をかけようとして、止めます。それはシグレの足どりがとてもふらふらしていて、危なっかしく見えたからです。声をかけたとたんに、バランスを崩して転んじゃうんじゃないか、そうティーは思ったのでした。
それに気だるそうでものぐさな雰囲気--ティーはそれが本当にめんどくさがっている訳じゃないと言う事をちゃんと知っています--が、いつもより三割り増しでシグレの周りに漂っています。
あっちへふらふら。こっちへふらふら。
転ばないのが不思議なぐらいでした。
それでも心配になったティーは、とててとシグレに近づき驚かせないようにそっと名前を呼びます。
少しの間があいて、シグレが立ち止まり、ティーの方をふりむきました。長い前髪のせいで、目が隠れていましたが、ティーは彼がとても眠いのだと、すぐに分かりました。
どうしてかと言うと、ティーはシグレのことが大好きで、とても懐いているからです。たまにシグレの後ろをついて歩いては「とても仲がいいんですね」とフェリムアル城の人から言われるぐらいの仲の良さです。まるでティーが妹のリムスレーアみたいになった、という人もいました。リムスレーアもティーを追い掛けていたように、ティーもシグレを追い掛けているからです。
その愛の力、と言う訳ではありませんが、ティーはたいていのことはシグレが表情に出さなくとも分かっていました。
ティーは不安で一杯になった目でシグレを見ました。
「どうしたの? 仕事のしすぎで眠れなかったの?」
「ちがう」
シグレが答えて、大きな欠伸をしました。
「寝てはいる。けどなちゃんと眠れないんだ」
「----怖い夢を見るの?」
「それもちがう」
また答えて、今度は大きな溜め息がシグレの口から漏れました。
「あの黒くておっかないねえちゃんの気配がして眠れないんだ」
「黒くておっかない………」
ティーが腕を組み考え、そしてある仲間のことを思い出します。黒くておっかない、と言えば一人しかいません。
「ゼラセのこと?」
「ああ」とシグレが苦虫を噛み潰したような顔をしました。心無しか顔色が悪い、とティーは思います。シグレとゼラセの間に何があったのでしょうか。ティーは黙って話の続きを聞きました。
シグレが言うには、ティーがオボロのところで仲間の調査を依頼すると、決ってゼラセの担当はシグレになると言うのです。数ある仲間の中で、特に得体の知れない人と評判のあるゼラセは、どんなにシグレがこっそり隠れて調べようとしても、必ず見つけてきました。遠い場所からでもそれは同じで、寒気が走る程怖い目で睨んでくるのです。そしてその夜にはゼラセの気配がして、おちおち眠れなくなってしまう。油断していたら、針が刺さってきそうで怖い、とシグレはぼやきました。
「昨日がそうだったからな。寝不足なんだよ」
また大きな欠伸をして、シグレは開いた口をてのひらで隠しました。本当に眠そうで、疲れているシグレに、ティーはしょんぼり肩を落として「ごめんなさい」と謝ります。
シグレは慌てました。
「おっ、おい。なんでお前が謝るんだ」
「だって僕が調査を頼んだからシグレが眠れないって、そういうことなんだよね、それって」
「そりゃあ……、そうかもしんないけどよ」
けれどシグレはちっともティーが悪いとは思っていません。自分を怖い目にあわせているのは、ゼラセで、ティーがそうしている訳ではないからです。
なんだかんだと言いながらティーにとっても甘いシグレは「しょげるな、バカ」と優しく頭を小突きます。ティーがシグレを見ると、その顔はとても優しそうに笑っていました。
「毎日のことじゃねえんんだ。今日一日ぐっすり眠らせてもらえればすむ話なんだしよ」
「でも………」
ティーはとても申し訳なさそうに言います。
「今日も頼んじゃったんだ。ゼラセの調査」
「なっ----------」
これには空いた口がふさがりません。きっと帰ったらエセ爽やかな笑顔のオボロが『おかえりなさいシグレ君。王子殿下からのお仕事のお願いですよ』とゼラセの調査を命じるのでしょう。
思わず脱力して、シグレはその場にしゃがみ込み、頭を抱えました。
「お、おまえなあ………」
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
すっかりまいってしまったシグレに、ティーは頭を下げて謝ります。もしシグレの寝不足の理由が分かっていたら、頼んでいませんでした。
とても悪い事をしてしまった。どうしよう、という思いがぐるぐるとティーの心を駆け巡ります。
「あ」
ティーは思い付きました。調査を頼んだのはついさっきですから、それを断ればいいのです。知りたいことが分からなくなるのはとても残念でしたが、シグレのためです。
「待ってて。今オボロさんに仕事の依頼を断ってくるから」
そう言って来た道を戻ろうとしたティーは、シグレにその腕を掴まれました。
「シグレ」
「……もういい。肚ぁくくるわ」
「でも………」
「いいんだよ。もう決めた」
立ち上がり「心配すんな」とシグレはティーの頭をぐりぐり撫でました。正直ゼラセの調査はとても気が進みませんが、他ならぬティーのためです。少しぐらいの無謀なら頑張ってやってみよう、とシグレは思えるのです。
ぽんと軽く叩いてシグレが手を離すと、髪が乱れたままのティーはやっぱりしょんぼり俯きました。シグレはああ言いましたが、やっぱり心配です。今日もシグレは気持ちよく眠れない。そう思うと申し訳ない気持ちで一杯になりました。
どうしたらいいんだろう。
一生懸命ティーは考えて、そして名案が浮かびます。
「そうだシグレ。今日僕の部屋で一緒に寝よう」
「…………は!?」
「そうしたらゼラセも来ないと思うんだ。ほら僕は一応黎明の紋章の宿主だし。シグレも沢山寝られるよ」
全く根拠のない理由を言いながら、ね、ととてもいい思いつきをしたティーはご満悦に笑います。それを見てシグレはあまりの無防備さに危機感を持ちました。他の仲間----例えばティーに少なからず下心を持っている金髪不良騎士なんかに同じことを言えば、きっとかわいい王子は狼にぺろりと食べられてしまうでしょう。
そんなティーだからシグレは目が離せないのです。
「ティエン」
「なに?」
「他のやつに同じことを言うなよ。特に金髪にな」
「こんなこと………シグレにしか言わないよ」
ティーにとってシグレは大切なお兄ちゃんみたいな存在です。めんどくさい、と言いながらも助けてくれる優しいシグレだからこそティーはそう言うのです。
ティーの言葉にシグレは「そうか」とほっとしたようでした。
「それで、どうするの?」
「そうだな」
シグレはティーを見ます。一緒に寝てほしそうな、だけど我が侭を言ってはいけないと思っているような、罪悪感が入り混じったような目でシグレを見ていました。
その目を見た瞬間、シグレは白旗を上げます。
「しょうがねえなあ」
今日だけだからな。
そう続けようとした時。
「--------ちょっと待ったぁ!!!!!」
と、とてもうるさい金髪不良騎士の声が響いて、シグレはうんざりと肩を落としました。
どうやら今夜はとても長い夜になりそうでした。
06/10/24
コンセプトはかいねぎ+シグレで川の字で寝てみようです。
アホです。でも楽しいです。
そして続きます。
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