ウィズグローウィ城の船着き場に建てられた小屋の近く、エレンは釣り竿を手に、ヤム・クーが用意してもらった小さな折り畳み椅子に座る。後ろにはまだ釣りに慣れてないエレンを手解きする為に、ヤム・クーが彼の様子を窺っている。

「----だいぶん餌を付けるのが上手くなったみたいですね、エレンさん」

 釣り針に餌をつけるエレンを見て、ヤム・クーが褒める。

「えっ、本当!?」
「本当ですとも。最初と比べたら、大した上達ぶりだ」

 始めたばかりの頃、エレンは必ずと言っていい程、針で指を刺していた。その時ハラハラしていた事を思えば、今はまだ安心して見ていられる。
 釣りに関してうるさいヤム・クーに褒められ、彼を振り向いたエレンは嬉しそうに笑う。だが、ヤム・クーは意地悪く笑った。

「あとは、釣れるのが上手くなるだけでさ」
「うっ、うう……。がんばる」
「その意気です」

 いつも長靴か料理に使えない獲物ばっかり釣り上げてしまうエレンは、ヤム・クーの言葉に今度こそ、と気負い肩の力を入れて水面に糸を垂らした。
 後は獲物が掛かるまで、時間との勝負。水面の浮きをじっと凝視して、エレンはその時を今か今かと待ち構える。緊張が伝染したのか、その周りの雰囲気も僅かに息苦しくなる。
 それじゃあ、また結果は同じだろうなぁ。ヤム・クーがぼんやり思いつつ、集中している彼に声を掛けそびれていると、ふと遠くからの足音が聞こえてきた。エレンも気付いたのか、小さく振り向き、ぱっと顔を輝かせる。一気に緊張した雰囲気が壊れていった。

「ティーさん!」
「こんにちは」

 エレン達の元に歩いてきたティーは、ヤム・クーの隣で立ち止まりにっこり笑った。

「ヤム・クーも、こんにちは」
「こ、こりゃどうも」
「お邪魔してもいいかな?」
「もちろんですよ!」

 さっきまでの神妙さは消え失せ、エレンは満面の笑顔で即答する。そしてヤム・クーを見て「いいよね」と尋ねた。

「そりゃ勿論構いませんよ。あ、よかったら釣りでもいかがですか?」
「ううん。エレンの邪魔をしてはいけないだろうから、今回は遠慮しておくよ。また今度ね」

 そう言ってティーは笑い、ヤム・クーを見る。ウィズグローウィ城では、ティーは有名人だ。中性的な美貌と物腰穏やかな性格に、女性のみならず男性をも虜にしている。仲間のうちには、ティーに恋愛感情での好意を寄せている奴もいる、とヤム・クーは何度か同じような噂を聞いていた。
 こうして目の当たりにすると、噂になるのが分かる気がする。あまねく大河のような深い水色の瞳を覗き込めば、吸い込まれてしまいそうだ、と思った。
 心臓がだんだん早くなるのを感じ、ヤム・クーは頬を赤らめた。どうしてこの人は、そんなに自分を見つめてくるのか。真直ぐな眼差しに逃げたくても、逃げられない。

「釣りはしないけど、話し相手になってもらってもいいかな?」

 ティーがヤム・クーに尋ねた。

「えっ、でもティーさん相手に合う話題なんて」
「貴方が知っている事を話してくれればいいよ」
「でも……」
「いいじゃないですか、ヤム・クーさん」

 躊躇するヤム・クーに釣り竿を握ったまま、水面を見ていたエレンがそのままの体勢で言った。

「僕もティーさんが傍に居てくれたら嬉しいし、大物が釣れる気がする!」
「………」

 同盟軍の上に立つ少年に言われたら、もう無下に断れない。ヤム・クーはやれやれと疲れて溜め息をつき、参ったように頭を掻いた。

「仕方ないなぁ……。じゃあもう一つ椅子を持ってきますから、ティーさんはそれに座ってください」

 そう言って小屋に向かうヤム・クーに、ティーとエレンは顔を合わせて「やった」と小さく笑いあう。



「は、な、し、て、下さいってば、ゲオルグ殿〜〜〜っ!」
「いいから抑えろ、剣を抜くな」

 小屋の傍で和やかに話す三人とは裏腹に、おどろしい雰囲気を巻き散らかして、カイルは剣の柄を握り、憤怒の表情でそこに向かおうとする。ゲオルグはそれを阻止しようと、後ろからカイルを羽交い締めにし、足を地に踏ん張らせた。

「ティエンは兎も角、エレンは確実に怯えるぞ」
「だってまたあの髪型! あの髪型の奴が、ティー様の傍に………っ!!」

 ファレナで女王騎士をやっていた頃も、カイルはティーに関して、あのヤム・クーに髪型がよく似ていた男のせいでよく気を揉まされていた。例え、ティーの傍にいるヤム・クーがその人物と別人だと分っていても、つい気持ちが昂ってしまう。

「もーっ、ティー様そんな顔で笑わないでくださいよーっ! どうせならそう言う顔はオレの前だけで………!」
「分った。分ったから………」

 ゲオルグはげんなりしながら、剣を抜きかけているカイルを宥める。
 一方のヤム・クーも、尋常じゃない殺気が突き刺さって震え、辺りを見回した。城へ続く道で、よくティーにくっ付いている男が暴れているのは気のせいか。

「………」
「どうしたんですか?」
「あっ、いや。何でもないです」

 ヤム・クーは曖昧に笑って誤魔化し、殺気のする方を見ないようにする。目を向けたら、恐ろしいものを見てしまいそうで怖かった。



06/09/30
ヤム・クーはシグレに似てますよね。髪型が。
それが理由でティーは何となくヤム・クーが気になってしまうとか。
何となくで深い理由はないので、カイルは安心して大丈夫です(笑)