「こんにちは、フリックさん」
「あ、ああ…」

 道場から図書館へと続く道の途中、遠いファレナから来た青年、ティーに声をかけられフリックは驚きにたじろぎながら言葉を返した。
 ティーは自分とほぼ同年齢だが、見掛けはまだもう少し下に見ても全然通用するし、何より自分と同じ性別とは思えない。
 同じ事を口にそのまま出すと、壮絶な笑みで拳で腹を殴られるので、フリックは口許を引きつらせながら「何か用でもあるのか?」と聞いた。

「用って言うことでもないけど、ニナって娘がいないのはちょっと珍しいと思ったから」
「当たり前だ」

 グリンヒルの少女を思い出し、フリックは眉をしかめた。こっちだって好きで追いかけられているんじゃない。

「そっちこそあんたにくっついている金髪がいないじゃないか」

 フリックの言う金髪とは、カイルの事だった。ニナよりもティーの側に居るカイルがいない方が、ウィズグローリィ城では余程珍しい。何時も二人は片時も離れずに傍に居る。まるで元々が一つだった様に。

「カイルは今、ゲオルグと話している最中。あんまり私に聞かれたくないみたいで、仕方なく席を外したんだ」
「仕方なく、ね」

その割に楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。
そう口にすると、ティーは「そうですね」とあっさり頷いた。

「何だか昔に戻れたみたいで嬉しくなっちゃって」
「昔?」

 ファレナでゲオルグが居た時の頃か。シュウによれば、その時期はとある貴族によって、ファレナの王族に対する謀反が引き起こされたらしい。国を巻き込んだ戦乱に、ティーもゲオルグと同じくそれに巻き込まれたのだろうか。
 ティーは昔を懐かしむ様に眼を細めて遠くを眺めた。

「ゲオルグ、少し老けたけど、中身は全然変わってないし、カイルもだし、二人に言わせれば私もそうみたいだし」

 笑ってティーは言葉を続けた。

「本当、昔と変わらないね」

 苦しいことも沢山あったが、それ以上に得たものも多かった日々。ファレナから遠く離れたこの大地でも同じ様な時間を過ごせるだろうか。
 いや、過ごしたい。せっかくゲオルグと久しぶりに会えたのだから。また何時ゲオルグが風のように何処かへ流れる前に、もっと色んな時を。

「その為だったら私も頑張らないとなぁ」
「……何をだ?」
「色々と」

 ふふふ、と涼しく笑い、ティーは歩き出す。「おい待てよ」と後を追うフリックにこっそり笑い、昔と変わらない青い空を見上げた。


06/05/22
しぶとく強く成長したティー様は、女と間違えられるとグーで腹を殴ったりもします。いい根性をしています。
カイルが間違えた方向に強くされてしまわれた。ゲオルグが泣くよ、きっと。