誰もが武器を構えるより速く、サギリの両手が舞うように揺らめく。握られる十の苦無。次の瞬間、彼女によって放たれたそれは、狙い違わずサラマンダーの急所を幾つも突き刺した。堅い鱗を突き破り肉にまで到達した刃に、赤い炎の竜は大きく翼をはためかせて仰け反り、咆哮する。
 次に飛び出したのは、シグレ。
 普段の怠惰で緩慢な動作は形を潜め、力強く地を蹴り暴れるサラマンダーをかいくぐると、刀を抜いてその心臓を深々と貫いた。
 血がシグレの頬や羽織を赤く汚す。刀を抜き、巨体から離れると、断末魔を上げサラマンダーは地に伏した。どおん、と地面が揺れて戦いはあっという間に終りを告げる。

「あぁ、面倒くせえ」

 大きく欠伸をし血振りをするシグレは、いつもの口癖を呟く。

「----シグレ」

 連結式三節棍を鞘に収めたティーが、シグレを心配して駆け寄ってきた。頬の血を見て青ざめるが、魔物の血が付いているだけだと分かり、安堵して笑う。
「良かった」と安心するティーに、シグレは「一々心配する暇があったら自分の事を心配しておけ」と軽くティーの額をごつく。
 ゆっくりサギリが二人の元へと歩んできた。いつも笑んだ表情をしているが、ティーとシグレは、彼女が自分達が怪我をしていないか、心配をしていると分かっているらしい。二言三言、言葉を返しまたティーは安心したように笑う。

「………」

 自分でもなかなか見れないティーの表情に、胸がちくりと痛み、カイルは一度も振るえなかった剣を収め、複雑な視線をティー達に向けた。

「酷い顔じゃないか、カイル」

 サイアリーズが自分の眉間に指を当て「ここ、皺が酷くなってる」と指摘した。そしてカイルが目を向ける先を見遣り、肩を竦める。

「まあ、あんたの気持ちも分からないでもないけど。でもそれにしてもティーがあんな顔で笑うなんてね。どうやら余程お気に入りらしい、シグレは」
「でもオレは」

 カイルの眼がぎゅうと細まり、険のある顔つきになる。

「はっきり言うとシグレなんか嫌いです」

 人が長い間掛けて少しずつ崩していったティーとの壁を、あの男は一気に崩壊させてしまった。
 家族の他には自分だけだと思っていた、向けられる感情を横取りされる、悔しさ。
 全然面白くない。
 ティーがシグレと話しているのを傍で見る度に、つまらない妬みが胸の奥で燻った。
 例えお互いの間にあるものが、自分がティーに向けるものと全く違っている親愛みたいなものだとしても、ティーがそんな顔を他の男に向ける事自体がどうしても嫌になる。
 ----閉じ込めたくなる。
 自分の腕の中に閉じ込めて、眼を塞いで、口づけて、自分だけのものにして、他の誰にも取られないようにしてしまいたい。
 まだこんな醜さ露呈させるべきではないと、分かり切っているのに。

「嫌いです」

 重ねて言うカイルに、サイアリーズは「重症だ」と溜め息混じりに腕を組んだ。
 いつもは裏表の無い性格をしているカイルだが、ティーが絡むと仄かに心に秘めた暗い影を覗かせる。長い間、様々な感情を練り上げて作られた恋愛感情が、じわりと飄々とした男を苛ませていくのだ。
 それをティーが知らないのは(知ろうとしないのは)幸か不幸か、サイアリーズには計りかねない。
 本当は、お互いがお互いを好きなくせに。

「----そろそろ行こう」

 ティーが離れたカイル達に向かって手を振った。
 カイルは深呼吸をして、無理に険のある表情を押し殺すと「今行きますー」と明るく振る舞って歩いていく。
 足取り重い背中を見つめ、サイアリーズは溜め息を付いた。

「もう少し素直になれば良いだけの話なのにね、あんたたちは」

 だけどそれは自分にも言える言葉。
 サイアリーズは上手くいかないもどかしさに、小さく舌打ちをし、ティー達の元へと向かった。


06/05/21
拍手小話に使おうと思ったのですが、こっちにアップ。
黒カイルでーす。シグレが絡むと発動率アップ。
シグレにとってはいい迷惑なんですけどね。