「失っ礼しまーす」
 朝も半ばになった軍議の間に入ってきたカイルを見て、レレイは驚いた。
 カイルはフェリムアル城の主の部屋の前にいるか食堂にいるか、若しくは女性を口説く為に外をうろつくのが常で、殆どこの部屋に足を踏み入れた事がない。何時だったか、レルカー保護の際に来たぐらいだったか。レレイの記憶の中にはそれ位しか思い出せなかった。
「おや、どうかしたんですか。貴方がここに来るなんて物凄く珍しいですね」
 今後の作戦について話し合っていたレレイの師、ルクレティアは驚きはしなかったが、思っていた通りの事を言う。
 カイルもカイルで言われた事を気にせずに、軽く肩を竦めた。
「いやちょっとねー。ティー様の事なんですけれど。ちょっと具合が悪いみたいなんで、今日はゆっくり休ませてあげたいかなーって」
「アル・ティエン様が!?」
 もしかして、最近のあまりの多忙さに身体が参ってしまったのか。レレイは青ざめる。
 ティーは最早一つの軍を纏める長なのだ。様々な町を纏め、導いてきた。容易ではない行動に、さぞかし多大な負荷がティーの身体に掛かっているのだろう。
「ルクレティア様……」
 さぞかしルクレティアも困っているだろう。レレイは心配そうに師を見遣る。
 だが、彼女は平然と「そうですか」と言った。
「まぁ、今ならまだ向こう側にも動きがないですし。ゆっくり休ませてやってください。いい休養になるでしょうし」
「ごめんねー。無理言って」
「いえいえ」
 安心して笑うカイルに、ルクレティアもにっこり笑った。
「貴方もそれが分かっていてやったんだろうですしねぇ」
「………は?」
 カイルの笑顔が固まった。口の端が引き攣り、冷や汗が流れる。
「いえいえ。いいんですよ? 貴方も王子も若いんですし。でもあんまり無理させて腰とか痛めさせないようにしてくださいね? 大切な作戦の時に腰痛----だなんて、王子がかっこわるくて可哀想でしょ?」
「ああ、うん。そうねー………」
「え、あの。一体………?」
 納得して頷くルクレティアと、固まるカイルに挟まれて一人状況に置いていかれたレレイは交互に二人を見た。
 一体ルクレティアは何を言っているんだろうか。腰痛とか、無理をさせて、とか。さっぱり意味が分からない。
 ある種純粋なレレイは、言葉を挟む訳にもいかず、ぐるぐると二人の間に交された会話から状況を理解しようと試みて、気がついた。
「そ、そうですよ! 王子の具合が悪いのなら、シルヴァ先生に見てもらわないと………!」
「いりません」
 ルクレティアが即答する。
「そこのカイルさんが責任持ってやってくださるそうですから。ね?」
「-----あ、うんうん。もっちろん、ちゃんとしますよ」
 我に返り答えるカイル。だが、まだレレイの表情は晴れない。
「でも医者に………」
「レレイさん」
 ルクレティアが静かにレレイを制する。目元には何処か人を食ったかのような笑みが滲んでいた。
「はいっ」
「王子の為を思うなら、それは止めてあげましょう」
「は、はぁ?」
「それじゃあ、カイルさん。お願いしますよ。あ、それから今日はもう止めておいてくださいね」
「………はーい」
 カイルが出ていく。来た時とは打って変わって、その背中には哀愁が漂っていた。足取りも重たくなっている。
 レレイは最後まで状況が分からなかったが、何となく気の毒に思えてくる。
「カイルさん……。大丈夫でしょうか?」
「平気でしょう」
 ルクレティアが笑みを深くした。
「まぁ、彼の理性が持てば、の話ですがね。寧ろ心配なのは王子の方ですから」
「………?」
「今日ぐらいは休ませてあげましょう」
 尊敬する師の、だけども時たま理解しにくいその笑みに、レレイは首を捻って曖昧に頷いた。



06/03/01
幻水5発売後初めての創作がこれってどうよと自分に突っ込み入れてみる。
カイルと王子が何をやっていたかは言わずがもがなで。
「夜も気を遣わずにすみそうですねー」(カイルの名言その1だと思う)


おまけ ちょいエロ?




 カイルは寝台の上でぐったり横たわっているティーの前髪を払った。
 汗ばんだ額に張り付いた髪。疎らに散った、服に隠れてしまうか否かぎりぎり位置につけられた所有欲の印。まだ中に残った残滓の違和感にひっそり耐える、それでいて艶のある表情。
 それはどれも先程までの情事の激しさを物語っている。終わって早々に意識を手放したティーの起きる気配は全くない。
 愛おしく見つめ、そしてカイルは先程のルクレティアの言葉を思い出し苦笑した。
「全くあの人は何処まで知ってるんだか」
 防音が聞いているから、大丈夫だとたかを括っていたが、あの底の知れない軍師相手には通用しないようだ。
「部屋も真向かいだしなぁ。----今度からは場所を変えた方がいいですかねぇ。ティー様」
 ティーは答えない。代わりに不満を漏らすように唸るような寝息を立てた。まるで、『お前がここまでするから悪いんだ』と責めているように聞こえる。
「反省してますって。今度からは気をつけますからー。……なるべく」
 最後の部分だけ小さく呟き、カイルは名残惜しそうに寝台から離れる。綺麗な水を組んで、ティーの身体を清めてやらなければならない。もう少しこのままで居たかったが、流石にティーにこれ以上負担をかけるのはまずい。
「それじゃあ行ってきますね。ティー様」
 ティーの額に口付け、カイルは部屋を出ていく。
 人気のなくなった雰囲気に、さっきまで眠っていたティーは瞼を開き、そして呟く。

「-------なるべくじゃ、困る」

 そんなティーの願いが叶う日は、多分、来ない。




多分次の日は見事に腰痛です。休養になってない。