「お守りします」と言って憚らないリオン。
 ティーはそれを頼もしく思っていたが、最近はそれよりも不安の方が先に立って来た。守ってくれるのは変わらないが、何だか輪にかけてその意志が強くなってきている気がする。
 長刀を振って稽古に励むリオンを横目に首を傾げる。


 幸か不幸か。件の重要人物はリオンがそうなった理由を知らない。


「リムスレーアに聞いたら怒るし。ガレオンやゲオルグは黙りだし。ミアキスは面白がってて教えてくれないし。----父上には何故か笑われた」
 憮然として勧められたソファに座るティーに、サイアリーズは込み上げる笑いを我慢せず、声に出した。
「もう、叔母上まで笑わないでください」
「つい可笑しくてね。どうにもあんたの反応が可愛すぎるから」
「………」
 ティーは何となく相談する相手を間違えたのではないかと不安になった。だがもう部屋を尋ねた時点で、行動をなかったことには出来ない。
 腹を括ったつもりで聞くしかないか。かなり大袈裟に考えながら、ティーは話を進める。
「……僕はただ、リオンがどうして」
「カイルを近付けさせないようにするのか、だろう?」
「はあ」
 呆れたように力なくティーは頷く。もしかしたら、城中で噂されているのかと嫌な考えが頭を過った。
 戸惑うティーにサイアリーズは笑いかける。
「そりゃああんた、そんな場面を見てしまったらそうしてしまうだろうさ。ティーを慕う人間誰もがね」
「-----?」
 ティーは意に解することが出来ない。そんな場面と言われても。
 ----確かにカイルには何度もセクハラ紛いの事はされたような気はする。からかわれているのではと考えることもあるが、彼は決してティーを不快にさせるようなことは絶対にしない。だから、ティーにはサイアリーズの言うことに思い当たることはなかった。
「カイル一体僕に何をしたんですか?」
 微妙にずれた答えに、とうとうサイアリーズは堪えきれなくなって大声で笑い始めた。いきなりの事に、ティーは驚き目を丸くしてサイアリーズを凝視する。
「おっ、叔母上!?」
「はははっ。いい子だね、ティー。あんたは可愛いよ」
 サイアリーズはティーの頭をほっそりと白い掌であやすように撫でる。
「そのまま、その純粋さをなくさないで欲しいもんだ」
「………」
 無下に手を払う訳にもいかず、撫でられたままになりながらもティーは「そんなことよりも」と話を切り返す。このままサイアリーズの部屋に居たらえんえんとからかわれ続けられそうだ。それだけはごめん被りたい。
「結局、叔母上は知っているんですか。知らないんですか!?」
「----さあてね。そういう事は本人に聞くのが一番だよ」
 やっぱり考えていた通り、からかわれただけで終わってしまった。


 夜。
 カイルは女王騎士の鎧を脱ぎ、白シャツに黒いズボンの簡素な格好で、宛てがわれている部屋で寛いでいた。後ろで結っている髪も下ろしてあって、さらさらと揺れている。
 ベットに腰をかけ、常日頃下げている剣の手入れを始める。
 ファレナを護る剣だ。それを脅かす存在を直ぐに断てるよう、入念にしていかなければならない。
 この時ばかりはカイルも真剣だ。刃を研ぐ事に神経を集中させ過ぎて、控えめに扉を叩く音も聞こえない。

「-----カイル。いないの?」

 何度かノックした後の、ティーの声にようやく反応したカイルは、剣を落としかけてしまった。この時分に、ティーが尋ねてくるなんて夢にも思わなかった。
 それ以前に自分の部屋に来るなんて!
 初めての事に、逸る心を抑えカイルは剣を収めると、恐る恐る扉を開ける。
 銀髪と自分を見る藍色の瞳が映った。
「-----ティー様」
「留守かと思った。何度呼んでも答えないから。いるのなら返事ぐらいしてほしいんだけど」
「すいません。……剣の手入れをしていたもので」
 言いながらも、カイルは王子から気まずげに視線を反らす。どさくさとは言え、ティーを押し倒してしまった事件から、少なからず罪悪感がカイルの中にはある。加えてリオンやリムスレーアの監視が厳しくなったお陰で、ティーに話し掛ける事すら難しかった近ごろのせいで、こうしているだけでも何となく気恥ずかしかった。
『それってぇ、自業自得って言うんだよねぇ』
 鋭い突っ込みを入れたミアキスの笑顔も、まだ記憶に新しい。
「どうしたんですか。いきなり」
 平穏を装い、カイルは尋ねる。
 ティーはしばし迷っていたが、意を決したように言った。
「カイルに聞きたい事があって……。時間が空いているなら、邪魔してもいいかな?」
「あ--------」
 断れるはずもなく、カイルは困り果てティーを見た。暖かい気候でも夜は冷えるせいで、彼の肩には外套が羽織られている。裾を胸元にかき寄せる様はどことなく繊細そうに見えた。
 押し倒してしまった時の肌の白さを思い出し、カイルは顔を抑えそっぽを向いた。
 なかなかこない返事に、ティーは不安がる。
「カイル?」
「あ、いえ。どうぞどうぞ。汚い所ですが」
「----変なカイル」
 挙動不振なカイルにティーはこっそり笑い素直に「お邪魔します」と部屋に入り込む。香水でもつけているのか、横切った彼からはいい香りがして、カイルを惑わせる。
 自分の中にある地雷を、ティーは悉く踏み付けているような気がする。
 なるべく頑張って自制心を保とう。
 カイルは静かに決心して、扉を閉めた。


06/02/08
だんだん妖しい方向にいきつつあります。
とりあえず、ゲーム発売までには一区切りつけますので……。
ちなみにタイトルの頼り無い決心は、最後にカイルがした決心の事で、結局は我慢しきれんだろうなと思いつつ、つけました。
……王子自らカイルを追い込んでいるような気がする……。