自分を見つけるなり走ってきた赤いバンダナの少年から、千切れんばかりに振られた犬の尻尾と耳が見えたような気がした。
 そのままだと突進されそうな気がして、ティーは思わず身構えた。そのまま知らんふりをして逃げると言う手もあるが、さすがに彼相手に冷たい反応は躊躇われる。
 突撃の危惧は避けられ、少年はティーの手前でブレーキをかけると止まった。
「----シュン」
「アル・ティエン様、こんにちわ!」
 少年----シュンは、礼儀正しくお辞儀する。頭を上げれば、ティーの目に元気一杯の笑顔が映る。太陽のような眩しさに、思わず一歩後ずさる程だ。
「こ、こんにちわ………」
「はい。オレ、アル=ティエン様に会えてとても嬉しいです!」
 はきはきと良く通る元気な声はどことなく妹を連想させる。快活な性格も同じように重なるが、シュンの自分への呼び名に、ほんの少し困ってしまう。
「ねえ、シュン。どうして僕を『アル・ティエン様』なんて呼ぶんだい?」
「だってそれが貴方の名前ではないですか。----もしかして、違う名前だったとか?」
「いや………」
 確かにシュンの言う通りだ。
 自分の名前はアル・ティエンであり、城でもよくそう呼ばれる。ティーと呼んでくれるのは、家族や女王騎士の皆ぐらいか。
 仲間が集まり始めている本拠地では、地位や立場のせいか、『アル・ティエン』と呼ばれることが殆どで、仕方ないと言うこともティーには痛い程良く分かる。
 だけど----。
「僕としては、シュンにはティーって呼んでほしいんだけど」
「えっ?」
 シュンは目を丸くする。
「どうしてですか?」
 尤もな言葉に、ティーの方が言葉に困ってしまった。真直ぐ見てくる瞳に狼狽えつつ、言うべき言葉を探す。
「……何かシュンに『アル・ティエン様』って呼ばれるのって嫌なんだよね。よそよそしくって嫌って言うか------。……兎に角ティーって呼んでよ。その方が僕も嬉しい」
 言葉を重ねていくうちに、自分の言っていることが恥ずかしくなって、ティーは赤くなる。こんな所ミアキスにでも見られたら、格好のからかいの的になってしまうだろう。
 半ば自棄になり、「いい?」とティーは念押しをする。
「----はい、貴方がそう仰るのなら。オレは従います」
 シュンは歯を見せ満面の笑みで答える。
「貴方の言葉が、今のオレの総てですから」
 衒いのない言葉に、ティーは目を細める。嘘のないそれは、とても尊いものに思えた。
 何処までも真直ぐな彼。
 ああ、だからか。ティーはシュンに『アル・ティエン』とじゃなく『ティー』と呼んでほしいのか自覚する。『アル・ティエン』と呼ばれると、彼との距離感を感じるから。
 少しでも近くに彼を感じていたい。
「……ありがとう、シュン」
「あ、でも!」と慌ててシュンは両手を振る。「様付けだけは譲れませんからね! 貴方はこの軍の主なんですから!」
「……まぁ、シュンがそう言うなら……」
「ありがとうございます! それじゃあオレ、稽古の続きがあるので行きますね」
「え、用事があるんじゃなかったの?」
 自分を見つけて走ってきたのは、彼が自分に用事があるからだと、ティーは思っていた。実際は殆ど他愛無い話とティーのお願いだけで終わってしまったが。
「ありませんよ。用事なんて」
 シュンは事も無げに言う。
「だって貴方を見つけたら嬉しくなっちゃって! だから走ってきたんですよ!」
「それでは!」と来た時同様駆けていくシュンを見つめ、図らずもティーの顔はさっきより赤く染まっていた。頬がとても熱い。
「………反則だ」
 照れまじりに顔を顰め、ティーは歩き出す。
 早く熱を冷ましてしまわないと、誰かに見付かった時、良い言い訳が思い付かないから。


06/02/04
久しぶりの更新はシュン×王子でした−。
ていうかどう言う性格か、まだ公式で発表されてないんですよね……。
まあ、このサイト自体、フライングしまくりなんですが。
私的イメージでは元気一杯な少年です。でも口調は丁寧。電プレの一騎討ちの紹介に出ている台詞を見ながら、考えて打ってました。

06/03/01 修正
シュンの性格そんなに間違っていない様で安心しました。やっぱりいい子。