ちょっと暴力シーンが含まれてます。御注意!





 意識が戻ってまず気付いたのは、頭に走る鈍痛だった。動かすだけでも引き攣るような痛みをあげる。奥歯を強く噛み締めても、一向に良くならない。
 手は後ろ手に縛り上げられている。足も同様だった。自由を奪っているのは太い荒縄で、ちょっとやそっとの力ではびくともしない。何度か擦ると、掠れた皮膚が小さな痛みを生み出し、僅かな出血を起こす。
 そしてティーは、身動きが取れない状態で何処かに転がされていた。何処か、とは分からない。目を開けようにも開けられない。顳かみを殴られた時に出てきた血が、白いティーの肌を汚し、目に入ってしまったからだ。気絶している間に乾いたそれは、ティーに外の様子を窺わせる事を邪魔する。
「くそっ……」
 ティーは渾身の力を込め、縄から抜け出そうと試みる。身を捩り、手を戒める縄を捻り切ろうとしてみる。だが、ティーの細い腕では上手くいかない。やがて疲れ果て、ティーは力なく俯せた。
 頬にひんやりとした石の感触。すぐ側で水の流れる音。瞼越しに感じる、暗闇。
 どうやら、地下水道に連れ込まれたようだ。ティーは直感した。ここならば、人の道に外れた行為も行ないやすいだろう。
 そしてそれを確信させるように、複数の足音が聞こえてきた。だんだんと近づき、ティーの真横で止まる。
「これか。ソルファレナの王子様、とやらは」
 低い濁声が聞こえるやいなや、後ろ髪を強く引かれた。ティーは仰け反り、痛みに呻く。
「やはり、女王にそっくりだな。銀髪や顔だちが似ている」
 さっきとは違う、人を小馬鹿にしたような男の声が「ひゃはは」と笑う。
「これなら、高く売れるかもしれませんねぇ」
「ああ、全くだよ」
 濁声も笑う。
「器量も良く、血筋も確かなものだ。男にしておくのがもったいないぐらいだぜ」
 そう言って、ティーの顎に指が触れる。ろくに手入れもしていない、節くれだった手だ。いやらしい手付きでティーの顔を上向けさせる。安っぽい酒の匂いがした。
「……要するにお前らは、人買いか……!」
「そうさ。俺たちは人買いさ。いつもだったらそこらの村から、孤児の子供なんかを攫ってくるんだが、まさかこんな上玉がかかるとは……。ついてるもんだ」
「そうだそうだ」ともう一つの声が甲高く笑う。
 なんてことだ。ティーは怒りに背筋が震える。ソルファレナで、こんな輩がのうのうと陽の元を歩くなんて。人の些細な幸せを、己の金のこやしにするなんて。
 許せない。
「離せ。ここは女王のおわすソルファレナだ。お前らがしている事は明らかなんだぞ。このまま同じ事を繰り返していれば、いつか天罰がお前らの元に落ちるだろう。去れ。私はお前なんかが容易に触れていいものじゃない!」
 こいつみたいな奴らに触れられるなら、カイルの方が数倍、否、数百倍マシだ。ティーは男の手から逃れ、転がる。顔や服が汚れても気にならない。それよりも今は、ここから生還してこいつらの悪事を明るみに出す方が先決だ。
 やる事は分かっているのに、血で固まった開かない瞼や、両手両足を縛る縄がティーを邪魔する。
 足音がする。ぶんっ、と何かが振る音がしてティーは腹部に蹴りを受けて吹っ飛ばされる。ごろごろと転がり、壁に背中を打ち付けた。一瞬目の前が真っ白になる。胃の奥が熱くなり、喉元を何かが駆け巡る。抑える事も出来ず、胃の中の物を吐き出した。
「……そんなろくに動けない癖に、生意気な」
「いいじゃないか。どうせ、あともう少しで売られるみなんだ。それまで暴れさせて疲れちゃえば、連れていきやすいだろ?」
「成る程な」と笑う声に悔しくなる。このまま、こんな奴らの言うがままにされるなんて。
 何も出来ないなんて。
 悔しすぎるッ!!!

 カイル。

 ティーは脳裏に浮かんだ金髪の騎士を呼んだ。何故か分からない。ただ今はそれしか思い付かない。カイルカイルカイル。と何度も名前を呼び、声を振り絞って、叫んだ。
「カイルッ………!!!」


「------はい、ティー様。助けにきましたよ」


 ティーの呼び声の答えるように、頼もしく優しい声が暗闇を切り裂いた。



06/01/03
あと一回か二回で終わるかと。