後ろ手に扉を閉め、ティーは溜め息をつき、そこに凭れ掛かる。リオンもゲオルグも、明らかに自分を心配していた。そんなに分かりやすいのか。
 王族の人間にしては明らかに質素な部屋を歩き、これまた質素な寝台に倒れ込む。シーツの波に揺られながら、ティーは顔を横に向け、どくどくと高鳴る心臓の鼓動を聞いている。
 今の僕は明らかに変だ。彼を、カイルのことを思い出すと、こんな風になってしまう。
 脳裏を、金色の髪が横切った。そして掌に口付ける表情。母親譲りの銀色の髪を、楽しそうに結う姿。ほんの僅かな仕草、言葉を思い出すだけで身体が動かなくなる。どうしようもなく胸が苦しくなって、何も考えられない。
「……どうしたらいいんだろう」
 ひとりごち、ゆっくり上体を起こす。カーテンと窓を開け、涼しい空気を入れた。
 外は天気も良く、とても晴れやかだ。気分転換に出るには打ってつけだろう。
「………」
 護衛役で、お目付役でもあるリオンの姿はない。今は、一人だ。
「………」
 ティーは寝台から降りると、ゆっくりクローゼットの扉をゆっくり開く。




「-----カイルさん、どうして王子にちょっかいだしてるんですか」
 ちょっぴり眉間に皺を寄せたリオンに詰め寄られ、カイルはきょとんと彼女を凝視した。後ろでミアキスが「珍しい」と温厚なリオンの変化に声を上げている。
 リオンの後ろには、ゲオルグがいた。こちらはリオンを見て、苦笑している。
「って、何を言っているのかな〜? リオンは」
「ふざけないでください」
 戯けてみせても、リオンは更に目を鋭くさせる。腰に手をつき、カイルに更に詰め寄った。
「王子のお側にいれば分かります。今日の王子は様子が変でした。いつも真面目にやっておられる手合わせも、どこか身が入ってない様子で、もし相手がゲオルグさんでなければ、大怪我をしていたかも知れないんですよ」
「そりゃ物騒だよねえ」
 ミアキスが大袈裟に言った。だがその瞳は、何処か面白いものを見つけた時のように光っている。
「カイル。あんた何やったの? リオンちゃんがこんなになるような事なんだから、凄い事でもやらかしたの?」
「えー………?」
「そうです、何で王子を困らせるのか、理由を教えてください」
 ミアキスとリオン、二人に問われカイルは考え込む。唸る彼を、その場にいる人間は固唾を飲んで見守っていた。特にリオンは大事な王子の為に、手を強く握りしめ、騒ぎの中心を見ていた。
「………」
 しばらく経ち、ようやくカイルが口を開く。
「………何となく?」
「え………?」
 虚をつかれたリオンの後ろで、「馬鹿か」とゲオルグが呟く。
「だからさ、ティー様見てると何とな〜く、何かしたくならない?」
 リオンに尋ね返すカイルの後ろで「あちゃあ」とミアキスが手を目に当てた。彼の肩ごしに、俯いて震えているリオンが見え、彼女はそっと避難する。カイルの真後ろに居ては、危険だ。
「ほらティー様は、難しい顔している方が多いだろ? 俺としてはもっと色んな顔を見た方が良い訳よ。うん」
 腕組みをして天を仰ぎ、カイルは一人納得して深く頷く。彼を余所に、リオンの震えは最高潮にまで達し、掌を開き強く握りなおした。
「……だからって……」
「うん?」
 ゲオルグも静かに避難する。その後ろ姿を見て、ようやくカイルは己の危機を知った。目の前で、リオンが怒りに燃えている。咄嗟に口を抑えても、出た言葉はもう戻らない。彼女にとって、王子を軽んじるような発言は禁忌だ。
 どうするべきか、考える暇もなかった。リオンがきっと眼光鋭く面を上げる。思わずカイルは一歩後ずさった。
「お、落ち着けー? リオンッ」
「だからって、王子を困らせるなんて、わたし、許せませんッ!!!!」
 城内に、声が響き渡る。




「……ったく、リオンの王子至上主義にも困ったもんだ」
 カイルは痛む頬を擦りながら、ティーの私室に向かっていた。顔に出来た痣はリオン製だ。冷やしても痛みは取れず、端麗な顔に出来た青はしばらく日にちを置かないと消えないだろう。それほどに、リオンの怒りは凄まじく、カイルはしばらく彼女に逆らわないでいようと心に誓う。
 そしてリオンが言い渡したのは『ちゃんと王子に謝る』そして『王子を困らせる事はしない』の二つ。カイルはさっそくそれらを遂行させる為に、問答無用で背を押されてしまった。
 カイルにとって自分の中の真実を言ったまで。なのに、そこまで言われるなんて少々腑に落ちない。俺は、本当に何となく構いたくなるんだけどなあ。自分の掌を見て、開いて握る。
 銀色の髪の毛が、さらさらと武骨な指をすり抜ける感触が忘れられない。心地よくて、子供の頃手放せない宝物のような、そんな感じ。手放すには惜しすぎる。王子のそれも、同じだった。だから離したくなくて、ずっと触れていたい。
 それを見て、ティーは少し機嫌を損ねて、カイルを咎める。いつも優しく微笑みかける彼の、本心が見えて。もっとそれが見たくて、つい構いたくなってしまう。
 他の人間ではそうならない。ティーだけだ。だが、今回は少々度が過ぎたようだ。ティーが怪我なんてしたら、リオンだけじゃなく怒りの矛先を向けてくる相手が増えてくる。
「仕方ない、か……」
 俺だって、ティー様が怪我をするなんて見たくない。
 ティーの部屋が見えてくる。重たくなる足を叱咤して、扉に向き直った。鈍重に握った拳を持ち上げ、ノックする。
「ティー様。カイルです。----ティー様?」
 いつもすぐに返ってくる返事が無い。訝しみ「失礼しますよ」と一応断りを入れて、カイルは扉のノブを捻る。あっさりと開き、カイルは無人の部屋に目を見開いた。
「----ティー様?」
 何処にもいない。カイルは辺りを見回た。クローゼットの戸が薄く開いている。開けてみると、今日来ていた服が丁寧に掛けられ、代わりに城下街に行く際に着る服が消えている。
「----やばいな」
 どうやら、事態はこんがりつつあるようだった。




05/12/24
シリーズ化しました。もういいや、開き直っちゃえ。
一応、話の流れも決ったので。
きっとゲームが発売したら、突っ込みどころがある話になる事請け合い。
そして、ミアキスが偽者過ぎる。(何度言った、この台詞)