「いいか王子。闘いに油断は禁物だ。隙を見せれば、相手に命を明け渡すのと同意と思え」
「はい」
 ゲオルグは居合刀を構え、連結式三節棍を握りしめる王子を見据える。実戦の経験はないが、なかなか良い面構えをしている。これで戦場にでも出ればもっと強くなるだろう。
 そこまで考えて、自分の浅はかさに笑った。彼はファレナの王子だ。戦場に出る機会など、皆無に等しい。護られる立場に立つ方が多いだろう。
 だが今彼が自分と手合わせをしているのは、護られる立場に居たくないと言う思いの表れだろう。彼の側に付き従う幼なじみの少女や、王位継承者でたった一人の妹の為に。
 悪くない。
 ゲオルグは床を踏み締める。腰を低く落とし、居合の構えを取った。
「何処からでも来い。一撃で決めるつもりでな。俺もそのつもりで行く」
「………はい!」
 いつもは柔らかいティーの表情が堅くなる。気侭に暮らす王族の顔ではなく、一端の戦士のそれだ。彼は息を吸い、右足を後ろに下げる。連結式三節棍を両手に持ち替え、ゲオルグをじっと見つめた。何処かにあるだろう隙を探る。
「………」
「………」
 息詰まる沈黙。訓練場の外を歩く人の足音やざわめきは、二人の間では儚く霧散する。じりじりと焼け付くような焦りの中、ティーは掌に掻いた汗を自覚した。
「……てぇああああっ!!!!」
 耐えきれないようにティーが床を蹴った。武器を振りかざし、ゲオルグの脇腹を狙う。そこはゲオルグにとって全く問題ない箇所だ。少し身体を動かせば、すぐに躱せる。
(……まだまだ甘いな)
 だがゲオルグは避けなかった。迫りくるティーに不敵に笑い柄を握った。刃が鞘の内側を速く走り、飛び出す。狙いを定めようとして、がら空きになっていた彼の脇腹へ刀が食い込む。
「か、はっ」
 ティーの目が揺らいだ。焦点が合わないままゲオルグを見て、地に膝を着く。手から連結式三節棍が離れ、からんからんと音を立てた。

 傷は浅い。直前に刀を返し、峰打ちにしなければ死んでしまっていただろう。
 ゲオルグは刀を持たない手で、崩れ落ちるティーの身体を支える。軽く細めの身体は、護る方に立つよりも、護られる方が似合っていた。



「………」
 ティーの睫毛が震え、ゆっくり藍色の瞳が覗く。額に冷たい感触があり、そこに手を伸ばせば、水に濡らした布に触れた。視線を巡らせるとそこは訓練場で、自分は長椅子の上に横たわっていた。
「起きたか」
 枕元から声がする。頭を仰け反らせ、視線を上に上げた。腕を組み、深く座り込んだゲオルグが視線だけをティーに向ける。
「ゲオルグさん」
 起きかけたティーを、ゲオルグは制した。
「まだ横になっていろ。思うように身体が動けないはずだ」
「……はい」
「すまなかったな。手加減する暇がなかった」
「別に構いませんよ。ゲオルグさん一撃で決めるって言ってたし。それって本気でやってくれたってことだから」
「そうか」
 ティーは、ほう、と息を吐き目を閉じた。呼吸を繰り返す度に胸が上下する。
「僕は、まだまだ弱いですか?」
「ああ」ゲオルグは即答する。そして付け加えた。
「だが、見どころはある。流石はフェリドの息子と言うべきか。鍛えればまだまだ強くなる」
「本当に?」
「嘘は言わん」
「そうですか」ティーは、ゲオルグの言葉に目を閉じたまま笑った。
「嬉しいなぁ」
「だが、今のお前ではリオンにも適わないだろう。もう少ししっかり鍛えた方が良い」
「………そうですか」
 語尾を落とし、もし起きていたら肩を落として落ち込んでいるだろうティーに、ゲオルグは彼が目を瞑っているのを良い事に笑った。全く彼は面白い人間だ。
「安心しろ。お前がちゃんと強くなれるよう、俺が鍛えてやる。だから今は休んでおけ」
 慰め、ゲオルグは手をティーの額を濡れた布越しに押し当てた。



05/12/21
このゲオルグさんは偽者です。
甘いものが好きらしいので(うろ覚えな紀億)ぜひ訓練が終わったら王子と一緒にケーキでも食べてもらいたいものです。