いいえ、俺はティー様の髪が、好きなんです』
『……髪だけ?』
『いいえ、全部好きです』




「……王子!!」
 名前を叫ばれ、ティーは我に帰る。前を向いたままの体勢で、後ろに下がる不安定な体勢。石床の割れ目に躓き、たたらを踏んでぐらりと身体が傾いた。
 連結式三節棍を握っていた手の力が弛む。手合わせの相手をしていたゲオルグが、情け容赦なく居合刀の柄を握りなおす。
 しゃっ。刀の刃が鞘の内側を滑り、冴え冴えとしたひかりを見せる。それは使い手の力量も合わせ、速度も威力も申し分なくティーの喉元を狙っていた。
「………ッ!!!」
 体勢を整える暇も、武器を掴みなおす時間もない。ティーはそのまま石床に尻餅をつき、強く目を瞑った。
「…………」
「勝負あり、だな」
 暗闇の中で声が笑う。恐る恐る瞼を薄く開けば、ゲオルグが笑いながらティーの喉元で止めた刀の切っ先を遠ざけた。鞘に収め、倒れ込んだまま自分を見上げているティーに手を伸ばして起こす。
「王子」と心配そうに幼なじみにして、ティー直属の護衛であるリオンが二人の元に駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
「うん、平気だよ。ありがとうリオン」
「いいえ、王子が平気なら私はそれでいいんです」
 怪我のないティーに、リオンは胸を撫で下ろす。そして、不思議そうに言った。
「それにしても、何だか王子らしくないですね」
「ぼうっと考え事をしていたようだが、手合いとは言え、闘いの合間に余所事の思考は命取りとなる」
「………すいません」
 ゲオルグの言う事は正しい。今立っている場所が王宮の訓練場で、相手がゲオルグで、手合わせでなければ今頃ティーの首は胴体と別れている。
「いや、怒っている訳ではない」
 ゲオルグが思案して指を顎においた。
「ただ、珍しい事もあるものだと驚いた。真面目なお前が手合わせに考え事をするなんてな」
「……そういえば、そうですよね」
 リオンも同意する。
「一体、何を考えていたんですか、王子」
「それは………」
 口籠りティーは気まずく俯いた。
 考えていたのは、あの何を考えているのかよく分からない金髪の剣士だ。最近の彼の言動でティーの調子は狂いっぱなし。しかも治らず、悪化の一途を辿っているので始末が悪い。気を紛らわせようとゲオルグを相手に頼み込んだ手合わせも、結果は散々。しかも途中で考え込んでしまい、己の未熟さに泣きたくなる。
「王子?」
 いつまでも答えないティーに、リオンが首を傾げ顔を覗き込む。
 ゲオルグが、溜め息をついた。
「……カイルか?」
「……ッ」
 悩ませる張本人の名前を出され、ティーは肩を強張らせ、わずかに頬を赤らめる。それを見てゲオルグの眉間に皺が寄った。
「最近どうも職務をサボる日が多いと思っていたが……。王子にちょっかいを出していた訳か」
「……カイルさんたら」
 リオンは怒りを滲ませる。彼女にとって王子は何よりも大切な存在だ。彼を悩ませるカイルにリオンはあまりいい顔をしない。ティーに向き合い、見つめられ戸惑う彼の手を強く握りしめた。
「王子、嫌だったら嫌ってはっきり言わなきゃ駄目ですよ。じゃないとカイルさんいつまでも王子につきまとってきますよ。女王騎士としての職務を放って」
 なにげに酷い言われようにティーは苦笑するだけだ。リオンのように考えていなかったから。それに無碍にも出来ない。あれでなかなかカイルも周りを考えてくれる人間だ。例え、心が振り回されていても、決して嫌悪を催す行動はしない。
「-----まぁ、俺からおりを見て事情を聞いてみよう。あいつも何も考えない男じゃないからな」
「……お願いします……」
 ティーは素直に頷いた。ゲオルグだったら自分の言った事をちゃんとしてくれるし、何より信用出来る。
 連結式三節棍を後ろの鞘に仕舞い、ティーは「手合わせ、ありがとうございました」と頭を下げた。
「僕、少し休んできます」
「王子」
「リオンもちょっと外してくれるかな。ちょっと今の僕情けないからさ。あんまりリオンに見せたくないんだ」
「……はい」
 ティーの言葉を断れないリオンは、渋々ながら頷いた。卑怯だと思うが、ティーは分かってて言った。うじうじ悩んでいる自分を彼女に見せたくない。
「じゃあ」と軽く手を振り訓練場を出ていくティーを見送り、ゲオルグとリオンは並んで複雑な表情をしていた。片方は呆れ。もう片方は怒り。どちらも王子の心を乱している金髪の剣士へと向けられている。
 先に動いたのはゲオルグだった。柄に手を添えながら王子に続いて歩き始める。
「----ゲオルグさん?」
「とりあえず、件の人物に話を聞いてみる。このまま王子に表情を曇らせるのは忍びない」
「じゃあ、私も行きます」
 王子の為に息巻くリオンを見えないよう笑い、ゲオルグは軽く彼女の頭を叩いてやると「行くぞ」と訓練場を出る。
「待ってください」と何が何でもカイルから王子に対する思いを聞き出そうと決心を滲ませて、リオンもゲオルグの後を追った。


「-------っくし!」
「ん、どしたの。カイル」
 ミアキスに尋ねられ、洟を啜るカイルはいきなり襲いくる寒気に背中を震わせる。
「なんか嫌な予感がするんだよなぁ」
 謀らずとも、カイルの予感はすぐに的中する事になる。


 嵐の予感はすぐそこに。




05/12/17
ほんのり続いて(以下略)
あれ、何でこんな事に?
そしてまだ続くと言う恐ろしい事に戦慄。
まだ発売していないゲームなのに……!