後ろから髪に触れる感触に、ティーは耐えきれなくなって頭を上げた。読んでいた本の頁を机に伏せ、振り向く。
 出来かけの三つ編みがぷらぷら宙に揺れている。先端を持ち、器用に結っているのは何故か王子の自室にいるカイルだ。楽しそうに鼻歌を謡い、流れる銀髪に指を滑らせる。
「あの……カイル?」
「何です?」
「気が散ってしょうがないんだけど」
 集中して本を読みたいのに、後ろに大きな男が立っていて、自分の髪を弄ぶ。本にカイルの影は落ちて読みにくいし、髪から伝わるくすぐったさがたまらない。結果、集中などできる訳がなく、後ろの男にばかり意識が向かってしまう。
「三つ編みするなら、さっさとしてほしいんだけど」
「すいませんね。どうも上手くいかなくて」
「……それは嘘でしょ」
 肩ごしに見える三つ編みは、綺麗な編み目が完璧に出来ている。ティー自身がするよりも遥かにうまい。
 カイルはわざとらしく手を離した。三つ編みは中途半端に解け、何房かティーの背中に散らばる。
「そうやって、出来る直前でそんな事して。何時になったら僕の髪はちゃんとなるのかな?」
「怒らないでくださいよ、ティー様」
 頬を膨らまかせ怒るティーに、カイルは諸手を上げた。しゃがみ込んでティーと視線を合わせると、あやすように笑いかける。
「俺はティー様のそんな顔なんて見たくありませんよ」
「だったら理由を教えてよ。じゃなきゃ、もう二度と僕の髪は触らせない」
「殺生な」
「大袈裟」
「………降参です」
 カイルは呟く。ふ、と笑い、解けたティーの三つ編みを手に取る。指で梳き、整えてまた編み始める。
「貴方の髪が好きなんです。俺」
「………髪?」
「はい」
 にっこり笑い、カイルの指が動く度、三つ編みが一つずつ丁寧に編み込まれていく。
「ティー様の髪は柔らかくて触り心地が良くて、きらきらしていて、ひなたぼっこしてる時、綺麗に光るんですよ」
「それは、母上も同じ事」
「いいえ、俺はティー様の髪が、好きなんです」
「……髪だけ?」
「いいえ、全部好きです」
「………」
「あれ?」
 てっきり頬を赤らめると思っていたカイルは、白けた目で自分を見つめるティーに呆気に取られる。ここは照れて恥ずかしがるところを見たかったのに。
「ティー様?」
「ありがとう、カイル。嬉しいよ。でも三つ編みを完成させたら、さっさと出ていってね。本が読めないから」
「………」
「ね」と念を押すティーにカイルは項垂れる。
「………はい」
 そうして本に視線を取られてしまい、カイルはしょんぼりしながら指を動かす。少しでも長くいられるように出来るだけ動きを遅くして。
 一方のティーは本を見ていても、文字は全然読めていない。逆に後ろの気配が気にかかるばかり。カイルがあんな事を言うからだ。この前した手の甲への口付けの時と言い、一体この男は何をしたいのか。考えると余計に頭が一杯になってしまう。
 ティーは大きく息を吸って、止めた。そうでもしなければ、所構わず叫びそうで怖かった。
『いい加減、僕の心をかき乱すのは止めてください』

 そう、言い出しそうで。



05/12/17
ほんのり続いているっぽい。
カイル×王子と言うより、カイル←王子っぽくもある。
ていうか痛い。私が痛い。あいたたた。超フライングなのに……!